第七章 「朝鮮代表団」は再びオランダ村を訪問した
新義州で特別行政区を建てる計画に対して、丹東は速く反応した。私は平壤より戻ってから、新義州で特別行政区を建てる情報が早速伝わるそうだが、丹東市民の中で極に大きい反響を起こした。丹東の地理位置について、東北鴨緑江の口にあり、新義州とは江より離れている。ここの経済建設・発展は、その彼開放した沿海都市より落後している。新義州で特別行政区を建てると、必ず丹東市へ新しいチャンス・挑戦を齎すことと考えられた。
そのため、私は特に丹東へ赴き、そこの役人と企業界の方、更に多い市民を訪ねた。
中共丹東市委書記蔡哲夫を探訪した。朝鮮新義州で特別行政区を建てることに関して、彼は聞き取ったことであると言い、丹東の幹部らは議論し、市民も議論していた。但し、彼は遼寧省委による通知・指示を貰ってなく、市委書記として公表できなく、僅か一人の丹東市民として考えることを言った。
蔡哲夫の言ったことにより、新義州で特別行政区を建てる情報は、丹東幹部の中で大きく反響してしまい、皆の考え方も違った。一部分の人たちは、近年、朝鮮が貧し過ぎて、ビジネスをするのが難しいと思った。彼は批判したが、相手の落後を重んずなく、また較べなかったほうが良い、考えて見ると、60年代と70年代には、私たちは相手より落後した。都市環境であろうと、生活レベルであろうと、私たちは相手より落後した。80年代、鄧小平さんの開放改革政策が確かに出てから、私たちは次第に豊かになっていった。朝鮮は開放改革をすると、速く私たちに追いつけるようにできる。相手の国が小さく、人口が少なく、一つ民族であり、負担が少なく、発展しやすくなる。且つ、金正日の一言、一つ批准・指示はもう十分。金正日が朝鮮にある威信は、私たち当年の毛沢東様のより低くない。蔡の言ったのは実況だと思った。
蔡に聞いたが、新義州で特別行政区を建てると、あなたはどう考えている?
蔡哲夫の答えにより、「辺境都市の指導者として、私は朝鮮人民へ深い感情を持って、金正日将軍へも崇敬的な感情を持っています。中朝は緊密な相互依存関係を有し、うち丹東の感受は最も深いです。新義州で特別行政区を建てると、まず丹東は利益を得て、相手は建設する場合、労動力を要り、食べ物・飲み物・使い物は全く丹東より与える見込みです。」
「新義州で特別行政区を建てると、丹東の将来はどうなりますか?」、と私は聞き、
蔡哲夫は答えなかったけど、「新義州で特別行政区を建てる詳しいことについては、私たちは決して分からない、貴方たちはちょっとご紹介して、宜しいですか?」と問い返した。
探訪へ判した欧亜集団副総裁石軍の答えにより、「私たちは朝鮮に着いてから、主に基本法を相談したんで、金将軍の関心により、大枠は決められてしまい、大きな問題がありません。細かいことをするのは簡単になり、契約を結んだが、朝鮮最高人民会議は採択する計画です。」
蔡哲夫は首肯し、「金正日さんは丹東へ非常に感情を持っています。当年、丹東市指導者王文謙は新義州、平壤を訪問した頃、金正日将軍は自ら面会して、丹東の党政代表団をかなり重視しました。その度、訪問は随分成功しました。2001年1月、金正日さんは中国を訪問して、上海、北京を到着しました。帰国の途中、丹東汽車駅で20分間ほど滞在して、遼寧省委副書記張成相、私、また姜作勇市長の三人を専用列車の中まで招待して、親切で友好的に会話しました。私は初回朝鮮人民偉大な指導者に会ったんで、彼は農業を特に関心していました。また、私たちに、丹東農作物産量、品種、化学肥料、温室、市政建設、高速道路等を聞きました。予約時間が終わってから、金正日総書記は温暖で春のような箱で、僅かシャツを着して、彼はぜひ箱の口まで送っていただくように堅持して、外零下二十度ほどの風と寒さに冒して、下において綿オーバー・コートを着する中国友達へ手を振り感謝を表しました。彼の優しくて近づき易しさ、また指導者の品格は、私たちへ深い印象を残りました。」①
蔡哲夫は、元々遼寧省委組織部副部長であり、2000年11月20日、転職して中共丹東市委書記を務めた。時間は短かいけど、丹東市へかなり感情を持っていた。蔡オリジナルの話によれば、「丹東このホットグラウンドを非常に愛して、丹東の発展はかなり潜在力を有しています。」
丹東を言うと、蔡哲夫は家宝を数えるように知り尽くし、絶え切れなかった。
彼は、丹東が辺境都市であるが、いくつか大優勢を持っていると言った:
一、区域優勢について、沿江(鴨緑江)、沿海(黄海)、沿辺(朝鮮)となっている。鴨緑江が丹東を経由する部分は二百キロほどもある。朝鮮半島は丹東と繫がり欧亜大陸へ着くようにできる。丹東の気候は良く、夏には酷い暑さが無く、冬には酷い寒さが無く、区位優勢は明らかである。
二、資源優勢について、
(1)水資源は豊富で、一人当たり6 000立方メートルを占め、全国一人当たりのレベルより高い。中国には水不足がある場合、丹東にはこの問題がない。
淡水について、水豊水庫(ダム)を朝鮮と共に管理し、146億立方メートルあり、在庫容量は大きいので、発電できる。水豊水庫は、遼寧省本省ダム在庫容量の総和である。丹東には四つ川があり、即ち:渾江、鴨緑江、愛河、大洋河。愛河の上流は鳳城にあり、大洋河のは東崗にある。毎年地表水の流量は20億立方メートルほどである。
海水について、黄海に面している。
お湯について、五竜背温泉がある。
冷水について、冷水面積は大きく、サーモンを養殖できる。
(2)森林被覆率について63%を占め、全く立ち木、天然林である。
(3)鉱産は豊かで、50種類の鉱産があり、金属、非金属、非鉄金属がある。全国著名な五竜金鉱、ホウ素鉱がある。
三、農副製品優勢について、18種類の農副製品は丹東の主導製品、例えば東崗製米、栗の実、食用菌、漢方草薬、水産品、イチゴ、蛤什蟆油(モリアオガエル)等がある。
四、交通基盤施設は十分である。遼寧省で、省都瀋陽と大連を除き、僅かうち丹東には空港があり、全国数十個都市まで通じられる。高速道路について、濱丹線はすぐ開通される計画。今年、薄熙来省長が自ら指示する丹東-荘河高速道路は、2004年建設完了・開通できる見込み。丹東物資輸出も、大連を通じ世界各地まで運送できる。ここには港もあり、大東港は韓国の仁川、日本まで直通できる。丹東の交通は海陸空立体交互であり、非常に便利である。新しい中朝大橋は建設完了されれば、丹東より朝鮮へ通じる運輸能力を解決するようになる。瀋陽—大連—丹東というのは、金三角であるが、薄省長が言ったのは大三角であり、丹東より瀋陽行き2時間、大連行き2時間、平壤行きについて、朝鮮が高速道路を完了する場合、同じように2時間かかる。
五、丹東将来の発展は明るい。丹東は本省軽工紡織工業のスター。自動車部品、電子を主にし、日本アルパイン会社と合資して高級顕示器、自動車高級音響を造る。造紙はかなり先進的で、丹東には造紙公司が二社あり、即ち:鴨緑江造紙公司また丹東造紙公司。丹東市民営企業の発展はとても速く、本市税収の25%を占め、企業規模の50%以上を占める。且つ、ハイテク企業は民営関係を主としている。
蔡哲夫の話は、何れの発言稿がなく、友達と会話するように、条理がはっきりし、数字が本当に正しく、びっくりされた。彼による「丹東このホットグラウンドを非常に愛します」というう深い感情が、言わなくても分かれると言える。
この時、彼は、私が先程の質問「新義州で特別行政区を建てると、丹東の将来はどうなりますか?」を答えた。
蔡により、「新世紀に、丹東は飛び越え式発展を持つべき、外部の引っ張ることがなく、ただ自身の努力によれば駄目、少なくとも現在は駄目、発展のスピードは速くなくなります。丹東の発展戦略について、ぜひ対外開放して、また外向型経済を赴きます。これは丹東経済振興の必至の道であり、本市の力を尽して、投資誘致します。以上は本市人民が共に考えたことです。」
「丹東は開放する以外に、地理優勢を有しません。ここは、朝鮮、日本、韓国、ロシアに比較的に近づいています。去年、朝鮮との輸出入貿易は2億ドルです(そのうち輸入3 000万ドル、輸出17億ドル)。また、小額貿易及び互市貿易は、年に年に広がっています。」
「私たちは、非常に朝鮮の経済建設と経済発展を関心しています。私たち中朝両国人民が結んだ友誼は、血と火の試練を経ってしまい、私たちは誠に朝鮮人民が豊かになることを希望しています。同時に、一層両方の協力を強化して欲しい。国民は「生活を過ごす場合、隣に影響されます」と言う通りに、隣は良ければ、共に発展できるようになります。」
「新義州で特別行政区を建てると、このチャンスに対して私たちも幸せであり、私たちの開放を快速できます。人流れ、物流、情報流れは、丹東に対してかなり重要ですね!また、丹東、遼寧の経済発展ひいては中国経済の発展を、促進できます。」
「相手は全面的に開放すれば、多分積極的な影響があるし、消極的な影響もあり、各国国情により、長所を宣伝し短所を避けて、利益を求め害を避けますよ。」②
では、丹東市長として、姜作勇は対岸が特別行政区を準備・建設することへどのように考えているのか?「丹東市へどんな影響を起こしますか?」
姜作勇により、「新義州は開放すれば、丹東は本当な対外開放都市となれます。丹東は寂しく遠い辺境都市です。朝鮮は閉鎖される場合、丹東の沿江、沿海、沿辺の優勢は、実に短所となります。対岸は開放されると、当該短所はすぐ優勢に変わります。沿江により、鴨緑江の資源は発掘・発揮できるようになります。沿海により、丹東95キロの海岸線は、沿海経済対外開放の程度を向上できるようになります。沿辺により、新義州は封鎖状態にあれば、丹東が元々投資・建設した空港、波止場、高速道路等の基盤施設は、十分に利用できなくなります。」
筆者は丹東ホテルで丹東市長姜作勇を探訪している。左より一番は丹東市政府秘書長蘇永勝。
「新義州は開放すれば、丹東の定位、地位は向上できるようになります。丹東の経済に対しても一つ巨大な促進です。まず、新義州は建設を要り、丹東は118社の建築工事公司、工事隊を持ち、自分の優勢を持ち、労働者、物質、原料は現地で取れ、位置は優れ、地理優勢は優れています。食事、宿泊、設備、進出、運輸費用のコストは全部で外来者より低いです。建築材料、鋼材料、木材、セメント、機電、煉瓦・瓦は、全く丹東より輸入されます。量の多い材料を遠い所から運んでくる場合、コストが高くなり、でも、丹東は近づいてので、コストであろうと、材料供給の便利であろうとは、優勢を備えています。とともに、丹東が自分で貨物を生産・手配するのも非常に便利です。然し、朝鮮にはこれら物流がないので、丹東は新義州の補充保障基地となれます。」
「新義州で特別行政区を建てることは、丹東の第3次産業をよく影響します。交通、運輸、郵便、飲食について、新義州の前期建設には、自分の機能は不十分でありるけど、丹東は徹底に解決できます。朝鮮内部需要は強くなく、新義州は開放すれば、朝鮮国内に対しては封鎖的であり、奥地は中国、遼寧、丹東にあります。人流れ、物流は全部で中国、遼寧、丹東を経由するしか新義州に入れません。丹東は新義州に入る必至の所となります。丹東の空港、港、波止場、汽車駅、基盤施設等は、新義州特別行政区建設のためにサービスできます。」
「新義州で特別行政区を建てることは、丹東人の思想意識へは一つ促進となりす。従来通り、丹東が対外開放の都市になると言う場合、普通に理論に行います。現在、新義州特別行政区は成立されると、ぱっと丹東を対外開放の前線まで送り、直接に世界経済、国際市場を面させ、外資が丹東に進出するのは避けられなくなり、且つどんどん多くなります。丹東は直接に外国金融資本と情報に面するようになります。」
「新義州特別行政区は、丹東が世界経済を了解する最も便利な窓口に成れます。私たちは、特別行政区外資の到着が速く、外国投資者が益々多くなると希望しています。中国はWTOを加入してしまい、勿論、丹東はWTOの中にあり、丹東を理論形態より実践まで行かせました。これは、丹東幹部の思想及び経済管理能力を高めることに対して、一つ進歩となります。」
「新義州特別行政区より丹東へ齎す経済調整のチャンス、またビジネスチャンスにより、丹東は直接に利益を受けます。特別行政区七・八年間建設の中に、丹東は相応的に発展されるべきです。これは相互的な過程であり、丹東も全く新しいイメージで世界人民の前で現し、絶対に新義州より悪くない。」
要するに、丹東市長姜作勇は、ミクロ経済学の角度で、丹東が新義州開放に対する色々優勢、チャンス及び挑戦を詳しく分析した。
皆は分かるが、新義州は朝鮮の軽工業都市、但し、そこには三社の造紙公司(新義州造紙公司、朝鮮造紙公司、万善造紙公司)、服装加工公司の以外に、なんか重要な工業がない、特に基盤工業、例えば大型発電所、水工場また通信設備がない。十分な電力がないし、外部世界と繫がる通信ネットワークもない。更に、そこには一つ鴨緑江大厦と呼ぶ渉外ホテルの以外、その彼ホテル、料理屋、娯楽場所がない、投資者、建設者また観光客は新義州に入り、なんと宿泊する所がない、応接・食事する料理屋がない。一言で言うと、全部で新しく建てるのが必要となる。ぱっと20万-30万人は入る場合、どこで住むのか?どこで食事するのか?建設の最初、丹東で泊まるほかない。外商、内商(中国国内商人)また人流れ、物流により、大きくない丹東市で人が多すぎるんで災難となり、応接に暇が無いようにさせる予測。外商、内商は、丹東で立脚したり、事務所を設立したり、公司を成立したりして、一切について、丹東は良く対応でるのか?
姜作勇市長により、中国の地方として、中央と遼寧省がさえ指示を出せば、私たちは全力を打ち込みたいと思う。受入れ能力に関して、社会治安、工商、税務、交通、住宅を問わず、丹東は対応する能力を持っている。
姜作勇により、「特別行政区は正式的に成立されると、ニュースは公表されてから、商人は雲のように集まると思います。私たちは外商事務室として、通常手続きは僅か二日間かかり、最も早いのは半日間かかりす。私たちは、便利・良質なサービスを採用したいと思います。毎日、私たちの渡し船は特別行政区へ労働者数万人を送れ、朝は行って、夜は戻り、奥さん・子供と集まれるようになり、本当にいいでしょう。彼らは特別行政区で住む必要がない、そこの住宅、用水、用電、食事・宿泊、買物等を減せば、大いに特別行政区の圧力を減らせるようになります。これは確かにいいことですよ!」
外資、内資企業は丹東に進出すれば、丹東の不動産価格はぜひ高くなります。市民の住むことはどのように解決されるのか?姜市長は説明したが、「なるほど、不動産価格は本当にぜひ高くなり、土地の価値は向上します。私市長である物ですが、必ず丹東人民の住房を解決します。土地増値の方から一部分のお金で経済適用房を建て、解困房を建てもいい、特殊困難戸のために住宅問題を解決するつもりです。」
最後、姜は言ったが、「私たちは金正日将軍を尊敬し、朝鮮が社会主義革命と社会主義建設の中に実績を獲得するように希望しています。中国と朝鮮は相互依存関係を有し、丹東と新義州は江を離れ望み、隣ですよ。丹東市長として、私は偉い朝鮮人民、偉い金正日総書記へ深い感情を持っています。私たちは朝鮮開放を支え、相手の新義州特別行政区建設を支えます。」③
筆者は丹東ホテルで丹東市長姜作勇を探訪した。2002年5月。
丹東で滞在した間、その上、私は、鄧宝権副市長、曲仁田副市長、蘇永勝秘書長、丹東外経貿局長韓淑雲女史、丹東市海洋・漁業局長宋悦景、丹東輸出入公司耿仁涛社長、また民営企業家の王成貴、趙文詩等を探訪した。彼らは、朝鮮新義州で特別行政区を建てることに対しては、聞いたことがあると言い、積極的な態度を持っていた。
丹東外経貿局長韓淑雲女史は、丹東対朝貿易状況を紹介した時に言ったが、1997年から今まで、丹東市輸出貿易はずっと遼寧省の第三番となり、第一番は大連、第二番は瀋陽。2001年、輸出総額は77861億ドル、2000年より23%増えた。対朝輸出は17080億元、2000年より10%増えた。丹東ポート対朝輸出貨物は32200億ドルとなったが、中国対朝輸出総額は57300億ドルとなった。丹東ポートの輸出は中国対朝輸出貿易の54.8%を占めた……
韓淑雲局の言ったことにより、対朝輸出は、主なのが糧食、油、食品、服装、織物、日用消費品、農業製品、種、化学肥料、農業用ビニールフィルム等。近年、朝鮮の経済形勢は良くなり、この前向こうへ白黒テレビを輸出したが、現在、カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機、電気クッカー等課程用電器を輸出し始めた。さらに装飾材料、事務用品また児童食品も多くなってきた。
目の前、新義州の状況はどうになっている?特別行政区を建てるのは、将来の丹東対外貿易へどんな影響を起こすか?数年対朝貿易を従事した役人として、韓の自ら体験・考え方は、ある程度の普遍性と説得力を有する。
このため、彼女の言ったことは、「私は数年間対朝貿易をやって、常に新義州また彼の所へ行きます。平壤の以外、新義州の建設・経済は朝鮮には、前列にあると言えます。そこはほぼビルであるけど、服を着っていない、即ち:外部装飾がない、でもビルの中には装飾があり、壁紙貼り、応接客のソファー、カーペット、事務用机などがあります。新義州には服装加工公司があり、設備は非常に先進的で、作業者の素質は普遍的に高い、技術は良いですね。そこで特別行政区を立てると、地理、環境、条件は全く良い、羅津、先鋒よりかなり良いです。」
「今年5月、私たちは羅津、先鋒へ考察しました。そこの弱点は多方面的です。まず、交通について、中国の琿春市は朝鮮ポートから50キロほど離れ、ポートより朝鮮の先鋒、羅津へ行くと、また40キロほど経たなければいけない、交通運輸は非常に不便ですよ。次に、向こうは主に中国で商業誘致をしました。中国人は朝鮮に向いてビジネスをする場合、主に低級製品を取扱い、朝鮮自身の購買は有限的です。香港、マカオの商人は、そこで一つ二十階ほどの英皇大酒店(ホテル)を建ててしまい、主に中国人はそこで消費して、また一部分の日本・韓国のお客がいます。平日、そこで住むお客が多くない、週末、そこで住んで消費する中国人、日本人、韓国人がいるけど、日数少なく泊まってから帰ります。羅津、先鋒で外国商人は沢山投資しなかったので、規模は大きくない。でも、新義州が面するのは丹東です。」
「丹東の特長は交通便利です。中朝貿易を言うと、僅か丹東はいい条件に恵まれています。鴨緑江大橋は新義州へ直通し、鉄道と道路で川を通過できます。丹東が朝鮮に面するポートは13個、一級のは大東港、浪頭島であり、沿江、沿線は随分便利です。」
「貿易のほうにより見ると、目の前、対朝輸出の製品は、まだ主に朝鮮人民温飽問題(衣食問題)の解決を主にして、より高いレベルのある消費品は多くない、カラーテレビ、家庭電器、通信設備は決して多いではありません。新義州で特別行政区を建てば、そこのニーズは、生活必需品の以外に、更に高いレベル、高い品質のある物を要ります。これは丹東の対外輸出へ二大変化を齎すようになります:一、貿易額は速く増えます。二、種類は更に広く、高級消費に寄ります。例えば、飲食、娯楽、高級消費品、サービス業、建築材料等。」
2002年五月、筆者は丹東市外経貿局長韓淑雲女史を探訪した。場所は丹東ホテル。
韓女史が言ったが、丹東の対朝貿易企業は300社ほどあり、国営の輸出入公司、貿易公司また民営の貿易公司、メーカー等を含めます。近づいているんですが、先に利益を貰えるかどうかは、主なことについて、これら企業はぜひ品質、品種、級別、価格、サービス等の方に優勢を持ちます。逆には、彼所の大手公司は来て、向こうは優れた品質、低い価格また良質なサービスで、丹東企業の主なライバルとなります。丹東企業が同時に面するのはチャンスと挑戦です。」④
丹東の企業家たち、特に民営企業家たちは、新義州で特別行政区を建てることを聞いてから、躍り上がって喜んで、言葉で表しにくいだった。彼らは言ったが、数年間を待ってしまい、機会はやっと来て、これは「千年間にも逢いにくいチャンス」だ。彼らは、彼所の大手公司の来ることを恐れなく、利益があれば皆は一緒に分ける、と言った!チャンスは挑戦より大きい。最も典型的なのは、不動産公司の投資者と建築業者である。丹東市元宝大太不動産開発有限公司の会長の王成貴は自信を持ち言って、「私は不動産を数年間従事してしまい、瀋陽、丹東には自分の公司を持ち、丹東で面積の広い不動産を開発しました。特別行政区の成立は公表されれば、丹東の不動産価格は上がります。目の前、1平米で1 500元ほど、すぐ2 000元ほどまで上がり、沿江の不動産は1平米で3 000元となります。私たちは、自社の建築工事隊、また良い建築材料サプライヤーを有して、技術であろうか、価格であろうか、私たちは自分の優勢を持っています。82平方キロの特別行政区建設は、ぜひ私たちが利益を貰う所となります。」⑤
丹東宏軍商業有限公司社長李宏軍は、新義州特別行政区の商業サービスへ進出することに対して、楽観的な態度をもっている。彼により、「私たちは、天の利、地の利、人の和という優勢を占めています。特別行政区は成立されれば、私たちは直ちに入ります。」⑥
速く新義州特別行政区に入り建設を参加するために、王成貴は楊斌と数回で商業打合せをした。
以上を纏めると、新義州の開放また特別行政区の建立を迎えるように、丹東市各方面は、積極的な態度で対応している。彼らに対して、これは確かに数年間希望して、千年間にも逢いにくいチャンスだと言える。区域名称は「金将軍により決めます!」
2002年5月17日、「楊斌談判組」の成員は、予めオランダ村に着き、「朝鮮代表団」を出迎えるように準備し、第三回談判を進めたいと思った。(正式談判は、3月度「朝鮮代表団」初回オランダ村を訪問することだった。第二回即ち3月22日-4月28日、「楊斌代表団」は平壤を訪問した。今回即ち5月18日-5月25日、第三回談判となる。)
5月18日午後ちょうど1時、「朝鮮代表団」は、平壤より飛行機に乗り瀋陽桃仙空港まで直行した。金東奎等14人は辺境検査ホールから出た時、欧亜公司の朝鮮服装を着る応接者は鮮やか花を上げ、お客到着への歓迎を表した。
楊斌は、李剛、石軍、辺守捷、周翔及び「中方代表団」(この呼び方は朝鮮用語であり、「朝鮮代表団」と区別する。私が本に書いてある「楊斌代表団」はこれだ)の成員を連れ、空港ホールで迎えた。
午後2時、私たちの長い車隊はオランダ村に着いた。欧亜集団公司の多い職員が、手で朝鮮小国旗と鮮やさか花を持ち、オランダ村正門より事務ビルへの道の両側で迎えること、と私は見た。朝鮮代表者は別荘に按排されちょっと休憩させ、彼らが泊まる六棟別荘の応接間には、それぞれ鮮やかな花、果物、軽食、お酒・飲物水等は置いてあった。楊斌は応接事務室主任の周翔を言いつけたが、朝鮮代表者の生活待遇はぜひ私たちが平壤牡丹峰国賓館にいた応接レベルを超え、お客に「賓至如帰(家でくつろぐが如く)」の感覚をさせていった。
5月19日午前9時30分、会談はオランダ村のアムステルダム汽車駅の三階のホールで開催された。
「楊斌代表団」の成員は合計15人、「朝方」への公開的な呼び方は「新義州特別行政区開発建設指導チーム」。
成員の明細は番号により並んで、引き続いてこれは:
楊斌、組長
馬寧、副組長
李剛、副組長
黎瀛洲、副組長
王時福、企画顧問
佟連発、法律組長
駱偉健、高級法律顧問
楊大勇、法律顧問
崔揚、法律顧問
李粛、高級政策顧問
周放生、高級顧問
王諾、港顧問
王惠東、高級顧問
翁永曦、高級顧問
喬勝利、高級顧問
当該明細は、楊斌から自ら確認され印刷された。私は、その後楊斌に自ら通知され会談を参加したものであり、候補隊員だと言えるでしょう!
下の朝鮮代表団明細も、欧亜総裁事務室に印刷・提供された。
今回「朝鮮代表団」の成員は合計14人。
金東奎、平壤園芸総会社総社長
桂勝海、朝鮮対外経済協力推進委員会第一副委員長
許明奎、朝鮮対外経済協力推進委員会法律担当副委員長
李秀吉、朝鮮対外経済協力推進委員会顧問
安基宇、朝鮮対外経済協力推進委員会副委員長
金明哲、朝鮮対外経済協力推進委員会局長
李德松、朝鮮対外経済協力推進委員会顧問局長
金光革、朝鮮対外経済協力推進委員会副局長
朴成浩、朝鮮対外経済協力推進委員会翻訳
韓さん、朝鮮対外経済協力推進委員会翻訳
食卓の右第三番、灰色洋服を着て、眼鏡をかけている方は、朝鮮副代表の許明奎であった。
19日の会談は、主に新義州の区域名称を集中していた。これは恐らく両方が最も心配する上必ず解決する議題であり、特に「楊斌代表団」は、「特別行政区」と堅持したが、逆に、国際社会に受けられて新義州特別行政区へ投資誘致する基礎がなくなる。会談は開始されてから、両方の首席代表者の間で進んだ。
朝鮮首席代表者の金社長はまず発言して、
「今日、会談の議題は何でしょう?新義州区域の名称に関しては、貴方は意見を表していただき、なるべく速く決めましょう。前回、平壤で、貴方は特別行政区を唱えたが、私たちは研究して、最高会議に報じました。楊斌総裁は三権を有できると思っておりますけど、区域名称は新義州特別行政区を唱えませんか?」
楊斌
「私たちは、区域名称が新義州特別行政区だと堅持しますが、全く投資誘致のニーズを考えていますから。」。
金
「名ばかりに特別行政区ですが、実に、内容上には、特別行政区に従い処理できます。」
今回、朝鮮首席代表者は始めて確かに特別行政区の内容、即ち:楊斌代表団より唱えた「三権」ある政治結構を同意した、と言える。
佟連発教授は、すぐ従法律の謹厳・説明により解釈して、
「実際ですね、行政管理権、立法権、司法権がある場合、これは特別行政区であり、この呼び方は三権と関連しています。特別行政区を呼ぶ場合、聞くとすぐ分かります。だが、特別行政区の意味ははっきりしなく、三権を覆わないんです。」
朝鮮代表団には一人の法律専門家がいた。「楊斌代表団」との数回談判、特に「基本法」に関する談判の中に、彼はキーマンだった。私たち皆は習慣的に彼を「許副委員長」と呼び、朝鮮が私たちに通知した代表団明細の中には、許は「朝鮮対外経済協力推進会委員会法律担当副委員長」。
朝鮮の重要役人は続けて発言し区域名称が「特別行政区」だと強調したが、まるで決めたことであるよう、少なくとも一方は決めたことだと思った。「中方代表」たちは、「特別行政区」を区域の呼び方にすることを納得しなかったが、発言し自分の観点を重複する方がいないとは分からなかった。
楊斌は商業談判の玄人、この時、彼は向こうの議題により続かなく、話題をその他方面へ変わった。
楊斌 、
「私たちの談判は、家族の皆が意見を交換するんです。皆はなんか考え方があれば、ここで尽して言って下さい。これは、私たちが求同存異(小異を残し大同につく)することに利くでしょう!」
左より一番は駱偉健、マカオ法学院教授である。真ん中は翁永曦、楊の政治顧問であり、その後、楊斌に特別行政区行政部長官助理と任命された。右より一番は佟連発、遼寧法学院副院長、「新義州基本法」の主な起草者である。(撮影 関山)
「私個人の後半を、全部で朝鮮人民に出したいと思います。私は、常に私の談判チームに教えたが、朝鮮人民の民族感情を尊重してください。彼ら数百年間の近代歴史は、外国侵略を嘗めた歴史であり、最初のは日本の侵略、日本帝国主義の占領と扱使いであり、次に、米国の干渉により、北南朝鮮は分裂され、今まで統一していません。今にも、米国はまだ朝鮮へ経済封鎖をするので、彼らの経済は更に速く発展することができなくなります。私は彼らに教えて、私たちは新義州特別行政区を建てば、新義州と朝鮮をできるだけ速く発展するほかありません。」
楊斌は傍に並んでいる「中方代表」を指して、笑いながら金社長等に言って、
「私より朝鮮友達の皆さんに言えるのは、列席しているの彼らは将来特別行政区の人選です。」
「馬寧は私がオランダにいた時の友達、経済学博士、彼は国外の公司を要らなく、私と働くように来ました。」
「王惠東も米国通信公司首席代表の職務を辞めて、特別行政区のために献身に来ました。」
「駱教授はマカオ大学法学院教授、中国マカオ司の司長を務めたことがあります。」
「関さんは作家、彼は資格の優れたニュース役人、朝鮮人民を宣伝るすように来ました。」
「翁さんは私の良い友達であり、中国の改革開放いついて、彼は早期の調査・研究及び書類起草を参加したことがあり、その後ビジネスをしました。翁さんも朝鮮の発展のために、貢献をすることを志してしまい、新義州特別行政区が中国開放の回り道を避けるようにできます。」
「佟教授は遼寧大学法学院の院長、著名な国際法・経済法の専門家です。」
「王諾院長は都市・港設計の専門家、新義州の企画・設計を参加したいと思います。」
「私たちここの人たちは中国で優れた教育を受けたし、西方でも敦育を受けたことがあり、今、全く専門家、学者的な人材です。」
「また喬勝利はね、深セン蛇口特別行政区建設の一番の人であり、最近も来る予定です。」
「私たちの幹部はね、60%以上のは博士、40%は修士、私と一緒に自分の一切を朝鮮人民へ貢献したいと思います。」
「今回、私たちは大同につき、小異を残し、繰返しないで下さい。私は朝鮮人民の息子、金将軍の児子であり、将軍の言う通りやります。私たちは朝鮮人民の感情を尊重しています。」
「キーポイントは、どのように外来資金を新義州に進出させるのかということです。まるで外商は料理屋に入るお客、私たちが造る料理はぜひ彼ら口に合うように、基本法はメニュー、新義州は料理屋、世界各国の資本をこの料理屋へ誘います。」
金東奎社長
「料理屋を入る場合、主にメニューを見るけど、料理屋の名称は重要ではありません。楊は名前にかなり敏感しますが、私は特別行政区と呼び、三権があるすべきであると思います。楊は特別行政区行政長官、相(部)の権力より大きい、副総理(首相)も三権を持っていないでしょう!」
楊斌は笑いながら、
「朝鮮は、副総理の級別により私に給料を出しています!」。
両方の代表者は笑った。
許明奎副委員長
「私たちは、楊斌総裁が特別行政区及び特別行政区行政部長官を務めるようにきっぱり希望します。香港董建華さんは、特別行政区行政部長官を務めて、僅か二回ですが、私たちは楊に50年させます。でも、多分董建華さんは立法会議を開催できないでしょう?」
楊斌は笑ってから、「皆さん、ちょっと休憩しましょう!」。
では、暫く会談を休み、両方はそれぞれ休憩室と二階のバーへ、コーヒーを飲んだり、喫煙したりした。
私は、楊斌と金社長が二人で休憩・相談することを見た。
休憩完了後、楊斌は再び談判策略を変え、矛盾を出して、新義州特別行政区の区域名称を金正日将軍に裁決させるようにした。
楊斌はまず発言した、
「どのように朝鮮人民の感情を尊重するのか、と考えています。また、特別行政区名称が香港、マカオと同じである場合、朝鮮は受けにくいと分かります。私は、三つの意見を持ちます。」
「一、朝鮮人民、朝鮮歴史及び彼らの民族感情を尊重します。」
「二、特別行政区は金正日将軍により創られ、世界上にはその前ありません。当年鄧小平は「タイム」表紙にいる人となり、彼は深セン特別行政区を創り、開放改革を進めるように、その時、中国も会ったことがありません。」
「三、投資者の受取能力を関心します。新義州特別行政区を良く建て、新義州を世界上に最も人気がある、最も理想的な投資地にさせると、まず投資者のl利益和と受取可能条件を考えます。」
「私が思いますが、新義州特別管轄区と呼べられ、世界上にはこの名称がない、しかも中国の香港、マカオと同じではない、また世界上の投資者が納得するようにさせます。」
金東奎 「香港・マカオは僅か一つ行政権を持つが、楊は三つ権利を持っています。区域の尊厳・機関を考えて、また楊は一つ名称を唱え、私たちは手を挙げ表決しますか?」
楊斌 「金将軍の意見ですか?そうすれば、論争しないで下さい。」
金社長 「いいえ、私たちの現地は思い出したことです。」
楊斌 「将軍が決めたことだったら、討論しなくて、その通りやってはいいです。」
皆は拍手した。
楊斌 「金将軍により決めましょう。」、皆の拍手の音はより高くなった。
「朝鮮代表団」は楊斌為を特別行政区長官にすることを納得して、且つ三権を有させたが、「特別行政区」という区域名称を拒否したのか?
朝鮮代表は、「他国使用済み名前を採用したくない」、「古過ぎる」、「殖民地傾向がある」等を言ったことがある。これら些理は朝鮮役人らの観念、彼らの苦衷を映している、と言える。
朝鮮がずっと執るのは「主体思想」であり、金日成のいた時に、朝鮮革命・建設により行なった理論指導であり、当年中国が集めた「毛沢東思想」と同じ。然し、「特別行政区」は中国風の「一国両制」の創造であり、香港とマカオに適合している。強い民族自尊心を持つ上、長い間に「主体思想」教育を受ける朝鮮役人は、最高当局と金正日の指示を貰ってない場合、誰も他国の「思想」及び「経験」を使用・承認できなくなる。これは、彼らが国際慣例との連接に適応しにくい原因の一つである。次には、2002年6月まで、朝鮮労動党と中央政府は「改革」を唱えたことが全然なく、7月22日から、外貨と両替できる両替券を廃除し、配給制を廃除し、給料待遇を高め、住民が給料で生活することを行い、外貨制度を改革し始め、対外貿易を良く進め、給料・物価の改革を行なう等があったが、理論上には朝鮮は広く宣伝・討論したことがなく、僅か「経済を活気にする」、「経済を発展する」というスローガンで行なった。だから、もちろん、朝鮮代表は、香港、マカオがつけた「特別行政区」呼び方の使用を拒否したということが分かった。その上、当該区域称号の論争は、2002年7月朝鮮経済改革実施の前に出た。
でも、「楊斌代表団」は違った。彼らは、「特別行政区」が楊斌特別行政区行政部長官の職務(特別行政区行政部長官は金正日に任命される)を確立する上、更に重要なのが世界に表して、「新義州特別行政区」が「香港特別行政区」と同じように、一国両制を行い、さらに香港を超え、三権を持つから、と堅持した。一国両制というのは、朝鮮で社会主義制度を行い、新義州で資本主義制度を行なう。その「特別」について、「高度的に自治し、行政管理権、立法権、独立的な司法権・終審権を有する」。また、「地位、制度が50年変化しない」、「法律で私有財産権を保護する」、「法律の前、国民は一律に平等であり、国籍、血統、種族、性別、語言、宗教、政治或は思想信仰、文化程度、経済状況、社会条件により差別待遇されない視」等。一言で言うと、ここは、朝鮮その他区域の「特別行政区」と違い、外国企業家と資本に一目瞭然させ、ここは「資本主義制度」を実行し且つ三権保障のある「特別行政区」である。区域名称は、一つ「金字ブランド」であり、「基本法」と互いに輝かしくなる。
区域名称の呼び方のために、両方はそれぞれ自分の意見を表した。2002年3月の末、「朝鮮代表団」は瀋陽で第一回談判を参加してから、「楊斌代表団」による平壤第二回談判及び「朝鮮代表団」第二回オランダ村訪問を経ち、五月中旬の最後の日に至り、論争は近く二ヶ月間となり、相変わらず互いに説得できなかったが、楊斌の一言「金将軍に決定させましょう!」に従い、問題を朝鮮最高指導者へ出した。朝鮮代表団成員の中には、誰も確かに「拒否」・「歓迎」できなく、帰国後、代表団は最高当局に報じるほかなかった。
その時、私たち誰も思い出さなかったのは、金正日将軍が「新義州特別行政区」という名称を同意したんだ。金正日将軍は早めに決めたかもしれない。⑦
「三権」の区分、「永久居留権」と区域名称の論争について、最後、「金将軍に決定させましょう!」により、両方は困難を克服した感覚を持ち、たちまち会議にいる皆は気楽になってきた。
朝鮮首席代表の金東奎は、楽に「楊斌を特別行政区長官にさせ、行政、立法、裁判所を管理させる。」と唱えた。
楊斌は悪い考え方を持たない人であり、「区域名称」に関してまるで胸に成算があるように、楽に目を細め、朝鮮首席代表に向いて、
「実際に、貴方たちは私のために考えていただいたでしょうね!金社長は基本法へなんか意見がありますか?」
金により、「また三権を相談しましょう!特別行政区長官は行政部、立法会、裁判所に責任を負います。特別行政区長官は朝鮮最高会議に任命され、中央政府へ宣誓します。立法会は特別行政区関連法律、法規を制定します。立法会議長、裁判所院長、検察長、公安局長は、中央政府に推薦され、特別行政区長官に指名され、立法会に選挙で出ます。立法会はいくつ立法委員からなりますか?15人で宜しいですか?中央に5名任命され、特別行政区長官に5人任命され、また現地住民に5人選挙されます。」
朝鮮の朴成浩が発言を中国話に訳し、また「立法会議長、裁判所院長、検察長、公安局長は中央政府に推蔫され、特別行政区長官に指名され、立法会に選挙で出ます」、と私は聞いた時に、この四つ重要職務が朝鮮に選挙・派遣されると明らかに感じた。。
だが、「楊斌代表団」の成員らは、個人的に議論した時、この四つ重要職務が外国人に務められ、朝鮮人より助手を務めたほうがいいと希望した。皆は心配するが、朝鮮人は立法会議長、裁判所院長、検察長、公安局長を務める場合、多い投資者が新義州特別行政区に来ることに怖がり、少なくとも西方の大手投資者たちは、絶対に数千万ひいては数億ドルを新義州へ投資する気がなくなる。なぜかと言うと、特別行政区長官の楊斌の以外、最も重要職務を務めるのは全く朝鮮人であり、朝鮮国内と同じでしょう?「特別行政区は特別でがない!」また「国際化を有しない」により、投資誘致に失敗させ、これは私たち最も心配することだ。
左より一番は馬寧、左より二番は朝鮮首席代表金東奎である。
さて、楊斌は私たちと個人的に相談した時、唱えたことにより、一番良いのは、大裁判官は欧州人に務められ、例えばオランダ大裁判官、国際大法廷より退職した著名法律専門家など、彼らは、公正的に法を執行する良い名声を持ち、また、公安局長のほう、シンガポール人或は香港人を招聘したほうがいい、彼らは西方法律をよく分かるし、亜洲各国法律をよく分かるし、豊富な法律執行経験を持ち、論争を起こさないようになる。
楊斌の考え方は、一つ真新しい新義州特別行政区を建てるという角度で行なった、と言えるでしょう。その時、彼は当該四つの人選を有しない、「楊斌代表団」成員の中には人選を唱えた人もいない、私心を持っていないと判断できる。
朝鮮側は、立法会が十五人議員からなり、朝鮮側、楊斌がそれぞれ五人を指名し、現地住民が五人を選挙する、と提案した。では、現地住民より選挙する五人の議員はどのように出るのか、ぜひ立法会にある議員比例を影響する。第一回立法会を開催する場合、外国人はまだ居留権を有しない、現地住民より選挙すれば明らかに朝鮮人である。即ち、立法会には朝鮮議員が十人、楊斌より指名するのが僅か五人の議員がいる。「社会主義法制」に慣れた十人の朝鮮議員は、西方法律を主張・実行する五人の議員に対して、圧倒的な比例となり、議会は「資本主義」るビジネス規則に適用す各種法律、法規を採択する場合、順調に進むことができない上、保証できなくなる。議会は毎日一つか二つか条款を巡り休まなかったまま論争し、延ばして解決できなくなる見込み。但し、新義州特別行政区成立の最初、十数個、数十個の法律、法規は出る。ゆえに、「資本主義」制度の法律、法規を順調に採択・執行すると、まず「基本法」実施を貫徹する立法議員の多数地位を保証する。
楊斌の首席法律顧問である佟連発教授は、頭の良い人であり、彼は朝鮮代表の話題に続かなく、人事の重大決策と話題を首席代表楊斌へ発言させる。彼は、「現地住民は五人を選挙する」を話題にして、彼は発言して、
「第一回立法会について、現地住民が選挙する定員はどのように出ますか?特別行政区政府成立の最初、永久居留権を受ける外国人がいない、これら外国人の権利・利益はどうのように保証しますか?」
直ちに、楊斌は、「投資者たちの定員がないべきであり、彼らが議会にある利益代表者はぜひ必要です。これでいいですか?長官は外国人三人を指名して、朝鮮は二人を指名します?」と言った。
許明奎代表 「25万朝鮮永久住民の中にはただ二人の定員がいますけど、少ないね。朝鮮側は三人、長官より指定するのは二名だったほうがいい。」
楊斌 「いいね、先にこの大き枠を決めましょう。」
立法会議員の比例分布は、このように決めた。但し、朝鮮側が議会いるのは八人だが、楊斌が指名したは僅か七名、朝鮮側は相変わらず大部分となった。「中国側」の成員は、互いに見て、誰も発言しなかった。楊斌は、「いいね、先にこの大き枠を決めましょう。」と言ったから、皆は、この件がぜひ「後会有期(機会があればお会いしましょう)」ということが分かった。
「三権」への討論はまだ続けていた。
朝鮮代表により、「基本法」の順序により、「立法会の職権について、特別行政区の関連法律、法規を制定し、中央へ報じ批准されます。」
これに対して、佟連発はより詳しく解釈した、「新義州特別行政区は立法権を有し、立法機関が制定する法律は、中央政府或は最高権力機関へ申請するのか、中央政府或は報最高権力機関へ報じ批准される必要がありません。新義州特別行政区の法律は行政長官に批准されてから有効になり、また中央政府或は最高立法機関へ報じ登録され、登録は当該法律の有効を影響しません。」
許明奎 「立法会が採択する決議は、最高立法機関へ報じ登録されます。最高立法機関は報じる決議を、登録したり、戻して改訂させたりする権利を有しています。」
楊斌 「そうですね。」
佟連発は続けて発言した、「新義州特別行政区は、新義州に適用する各種法律規範を制定する権利を持ち、民事法、刑事法、程序法、行政法を含めます。特別行政区は自分で立法して、外国の政治性機関・団体が新義州特別行政区で政治活動をすることは禁止されます。」
両方の代表たちは納得を示した。
私たち一方はこの条款を議論した時、楊斌は「法輪功が特別行政区で活動することは禁止されます!」と提案したことがあり、彼の提案は参会者全般に同意・支持された。
立法会の職能、議員の定員を討論すると、最後、議長の人選を討論するようになる。
楊斌 「特別行政区の国際性に従い、私の希望ですが、議長、裁判所院長は外国人に務められ、議長はなるべく弁護士をした人に務められ、オランダ人でいいですか?例えば国際大裁判官を務めた人?副議長はね、香港或はシンガポール人は一人、朝鮮人は一人?外国投資者は特別行政区へ投資する場合、主に重んじるのは法律の公正、公開ということです。ですから、立裁判所の人選について、私は主に国際上の認可を重視しています。このほうは、私個人は私心を持っていません、私は承諾しますが、中国にいる親しい人、クラスメートが特別行政区政府で役人を務めないこと、司法の公正・行政の廉潔を保証しますから。」
金東奎 「私たちは楊斌総裁の意見を持ち帰ってから、反映します!では、続けてください。」
許明奎 「特別行政区行政長官の職能と権利について。」
佟連発 「特別行政区行政長官は特別行政区を代表して、「基本法」の規定により、中央政府及び新義州特別行政区に責任を負います。」
「特別行政区行政長官は下記職権を行使します:
一、新義州特別行政区を指導する。
二、「基本法」また特別行政区その他法律、法規の執行に責任を負う。
三、法案を批准し、法律を公表する。
四、政府政策を決め、行政命令を発布する。
五、各級政府役人を任免する。
六、特別行政区政府を代表して、中央より授権する対外実務を処理する。
七、刑事犯人の刑罰を免除し或は減らす。
八、特別行政区政府を代表して、関連書類を批准する。
九、特別行政区と関連するその他事務を処理する。」
許明奎 「三権に関して またなんか問題ありますか?」
楊斌は、傍の代表を見ててから、異議を表す人がいない、さっぱり「ありません」と答えた。
馬寧 「外国人は特別行政区で住む場合、現地住民にしますか?何年住んでから居留権を持ちますか?」
許明奎 「香港は7年、新義州特別行政区は10年。」
「10年か?長すぎるんですか?」、と馬寧は笑いながら言った。
駱偉健教授は、「香港基本法」、「マカオ基本法」の起草、討論を参加した元の中国政府役人であり、関連内容をよく分かる。楊斌は駱に、「教授、この問題をご説明下さい!」と言った。
仕方が無く、駱偉健は解釈した、「原則上には、国籍により区分しません。外国人は10年間かかってから居留権をもらえますけど、朝鮮人に対しては年限がない、悪い影響があります。」
楊斌は自分の観点を表した、
「現在、外国人はまだ来ていないが、制限することは、かなり賢明ではありません。基本法の中に、外国人制限の規定は要りません。実に、外国人は多ければ多いほど良いです、彼らは資金を持って来て、投資移民です。」
許明奎 「外国投資移民と技術移民は、ある比例を占めるすべきです。」
楊斌 「新義州25万住民は永久居住権を持ち、これは問題がありません。特別行政区への投資移民と技術移民に至り、これら人たちの居留権を先に固定的に決めなく、発展状況に即して決めます。」
金社長は楊斌最後の考え方を同意して、「では、新義州特別行政区で住む外国人が何人か、いま、分かりません。法律で制限しなく、先に良い投資環境を造り、外国人は多くなってから、決めます。」
駱偉健 「朝鮮人と外国人永久居留権との比例は、先に固定的に決めなく、法律で制限しないほうが良い。但し、誰が永久居民か、誰が永久居民に成れるのか、必ず明確な法律規定は必要です。」
「特別行政区にいる人、また将来特別行政区にくる人について、全部で二種類がいます。一つは住民、例えば、元々新義州で住む25万朝鮮人及び将来に政府が批准する人。次に、もう一つは住民ではない。その人たちは下のいくつかの状況に分けます、(一)特別行政区へ建設を従事する労働者。中国人、朝鮮人またその他国家の人にかかわりません。(二)特別行政区へ会社を創る職員と技術者、国家にかかわりません。(三)中央連絡事務室また特別行政区に駐在する機関に、政府より派遣する人ですから、現地住民ではありません。(四)観光したり、こっそり来たり、親しい人へ見舞いに来たりして、即ち法律に批准されなく居留する場合、居住は10年を超えても、永久居民になれません。」
「特別行政区政府と法律に批准されない場合、永久居民になれません。異なる人、また異なる状況に対して、特別行政区政府と法律に批准されます。将来、特別行政区は住民法、移民法を制定し、法律で管理する必要があります。」
金社長 「なるほど、特別行政区により関連法律を制定します。」
「永久居民」に関する討論はやっと階段的に終わった。会議終了後、私たちは駱に冗談を言って、「駱教授からいろいろ習得しました。」⑧
第一日の談判は、まあまあ順調に進んだ。「区域名称」を金正日将軍へ報じ批准させたが、「三権」に関する区分は大きな論争がなく、第三回談判のためによく始まった。
第一日、楊斌は非常に楽であった。夜、楊斌はオランダ村「天鵝湖」で豊富な宴会を用意した。
熱帯雨林ホールの中で、燈火はあかあかと輝かしいだった。両方代表たちは互いにカップを挙げ、賑やかであり、お酒は祝いだった。招いたきた歌舞団(歌・踊チーム)の俳優は音楽、踊で興を添え、雰囲気は大変賑やかだった!その後、新しく工夫を凝らした火夕べだった。皆は天鵝湖を巡り、夜の空に様々な色のある火が上がり、ある彩色団が高い空まで上がってから再び咲き広がり、まるで孔雀は尾を扇形に広げるように奇麗で、皆はいつも歓呼の声を上げた!
楊斌は命令をだしてから、湖の向こう側にぱっと朝鮮文字「偉大な金正日将軍万歳」の火が出て、長い間にやみ夜で出ていた。朝鮮代表は興奮して歓呼・拍手した。私がびっくりしたのは、楊斌はなんとこんなに新しく工夫を凝らした!こんなに短い時間で、これら火を出した人は、どこで探してきたのか、とは分からなかった。
楊斌は、「基本法」を速く公表することを希望していた。5月20日午前9時30分、両方代表は時間通り会議室に入った。皆は座ったばかり、朝鮮首席代表の金社長は笑いながら、
「楊総昨夜の火夕べ、どうもありがとうございました。火を偉大な金正日将軍万歳となり、私たちはかなり感動され、特に感謝したいと思います。」
朝鮮代表はまちまちに拍手し、楊斌と代表たちへの感謝を表した。
楊斌 「特別行政区の名称に関して、投資者は自分の考え方を持っています。昨夜の夕べ後、多い投資者は私に会い、彼らは全く特別行政区であるすべきと考えた。丹東も意見を出した。丹東は新義州と互いに望み、互いに助合います。彼らは思いますが、新義州はただ特別行政区だったら、経済意義上のほかない、では、両方は辺境貿易を取り扱い、その他方面には支持できません。新義州は特別行政区であれば、彼らは特殊政策を作り、人、物、電力、交通ひいては通関等の方に特殊処理できます。特別行政区の名称について、金将軍は批准すると、私たちは尊重します。金将軍は批准しないと、私たちは、朝鮮民主主義人民共和国新義州特別行政区だと希望します。」
楊斌は丹東の支持で自分の願望と意図を表してしまい、やっと向こうを感動した。
金社長は会釈して、「私たちは楊斌総裁の意見を上級へ反映します!」
許副委員長 「特別行政区は国際機関を参加できますか?」
駱は答えて、「国家を公司にしない国際関連機関を、特別行政区は参加できます。例えば、衛生、文化、体育、経済等。参加すれば、特別行政区に利きますよ。」
許明奎 「国際関連機関を参加する場合、批准されることができますか?」
駱偉健 「特別行政区はよく建てて、特別行政区の法制は国際規範と一致する場合、向こうが特別行政区の参加を招くことと信じます。もちろん、反対する国があるので、過程があります。」
楊斌 「新義州特別行政区を建てることの中に、実際に政治は90%、経済は10%、政治は重要です。中国、米国、日本、欧州及びその他国家の態度は同じではありません。」
金社長 「中国は特別行政区の建設を反対する可能がない、朝中関係は鮮血で凝らした友誼であり、必然的に支えます。欧州連合は反対する可能性がない、私たちと欧州連合との関係は非常に親密です。米国の態度により、多分支えない、向こうは1950年にも朝鮮への経済制裁・封鎖を作ってしまい、米国には朝鮮を研究する専門機関があります。但し、米国商人は自分の利益のために投資して、米国政府も米国商人を通じ朝鮮を了解するでしょう。」
金社長が言った1950年米国より制定した北朝鮮向け経済制裁は、米国財政部外国資産管理局より起草した一つ経済制裁規定であり、当該計画は、異なる歴史時期に、異なる状況に対して、数回改訂しました。最近のは2000年6月19日、これは、クリントン大統領が1999年9月17日、北朝鮮への経済制裁の緩和を決め、朝米関係を促進し、また朝鮮と結んだ朝鮮長距離弾道ミサイル試験の連続停止を履行する合約だった。米国外国資産管理局が作った規定により、全て米国公民、在米居住の永久居民、全て米国私人・公司機関、全て米国多国籍公司が世界各国にある駐在事務所・子公司・持株公司へ有效となる。これら規定は、米国財政部外国資産管理局に執行される。これら規定を違反する公司を、最高10年の監禁及び100万ドルの罰金を処罰し、規定を違反する個人を、25万ドルの罰金を処罰し、民事罰金最高55 000ドルも強制的に執行される。⑨
日本について、両方も形勢予測をした。
楊斌 「日本政府の態度ははっきりする可能性がないけど、日本商人に対して、国内経済は不況なので、そこには多い資金がありどのように投資するのか分かりません。新義州特別行政区は、彼ら投資の明るい所となります。いろいろ商人は確かに私に言ったが、彼らは特別行政区で投資する趣味を持っています。」
金社長 「日本政府は朝鮮を敵視しますが、日本民間への輸出は中国への輸出より二倍高まります。では、続けて発言してください。」
許副委員長は続けて、「貨幣はどのように解決しますか?」
楊斌 「朝鮮の意見を尊重します。」
2002年5月19日の夜、楊斌は朝鮮代表団によるオランダ村訪問を迎えた時に、挨拶した。右より一番は朝鮮代表、朝鮮対外経済協作促進会法律担当副委員長許明奎。(撮影 関山)
目の前、朝鮮平壤では朝鮮貨幣を行うが、渉外ホテル、お店では世界流通貨幣政策を行い、即ちドル、円、元、ユーロダラー等主な貨幣流通制度。香港ドルにしても、平壤で量多く流通している。朝鮮貨幣と外貨は直接両替できない。朝鮮は中国当年使用済み両替券を行い、これにより間接的に両替する。将来、新義州特別行政区の貨幣について、主なのはドル、元、ユーロダラー、円、香港ドル、カナダドル、豪ドル等世界流通幣種、朝鮮貨幣と直接両替しなく、朝鮮金融政策に影響を及ぼさない。そのため、楊斌はチャンスを利用し利益を出し、「朝鮮の意見を尊重します。」
許明奎 「特別行政区の関税はいくらですか?」
楊斌の回答は更に簡明であり、「関税を免除します。」
許明奎 「特別行政区パスポートをどのように処理しますか?」
楊斌 「これは一つ大きな問題です。朝鮮の意見はなんでしょう?」
特別行政区パスポートは朝鮮政府より出され、この件は、特別行政区の事務效率を影響するだけじゃなく、特別行政区政府の権威を影響する。だから、この条款につき、必ず特別行政区政府が出すように堅持する。
果して、駱教授は機会を利用し態度を表した。
駱偉健 「特別行政区パスポートに関しては、中央政府は特別行政区長官を授権して、特別行政区政府は出すすべきです。朝鮮政府は世界各国の大部分と外交関係を建ててあるけど、まだ外交関係を建ててない国もあり、例えば日本、米国等、特別行政区パスポートを使用できます。特別行政区パスポートは商業往来のために便利になります。」
楊斌 「新義州特別行政区パスポートは、特別行政区より出されます。」
許明奎 「中央政府は権利を出すように同意すれば、貴方たち特別行政区はよくやってください!特別行政区はなぜ区旗、区徽を要りますか?」
駱偉健 「対外交流の時に需要となります。」
許明奎 「対外である以上、朝鮮国旗は駄目ですか」
ずっとあまり発言しない馬寧は、この時いきなり言って、「駄目です。国際交流する場合、私たち特別行政区と朝鮮はまったく使って、二つ朝鮮国旗となり、駄目ですよ。」
駱偉健 「一部分の国家は朝鮮より行くことを許さないけど、特別行政区は行け、朝鮮国旗を使うと不便となります。区旗を使うと便利となり、特別行政区パスポートのように行ないます。」
楊斌 「伊藤公司は私に言ったが、朝鮮製の果物、野菜、草花、水産物等、彼らは注文できない、日本政府は制限しますから。但し、産地を新義州特別行政区にすればいいです。」
金社長 「必要だったら、正しい理由が必要ですが、私たちは中央政府へ報告するつもりです。」
駱偉健 「国際性会議を参加し、また国際的な会員である場合、必ず標識を要りますので、会旗も必要です!パスポートを出すことは人に教えるが、当該パスポートは朝鮮パスポートと違い、特別行政区の区徽が無ければ駄目です。」
金社長 「区徽、区旗、パスポートについて、私たちは戻ってから、中央へ報告します。」
楊斌 「特別行政区は自由貿易区、免税区でありるのから、絶対に免税することになります。」
金社長 「中央政府は区旗、区徽を批准すれば、貴方たちはなんか方案を有しますか?どんな花を代表としますか?」
楊斌 「チンダルレでいいです。」
チンダルレとの提案は私に思い出された。記憶の通り、私は長白山区で仕事鍛錬した時に、朝鮮族友達より彼らが最もチンダルレを好くとよく聞いた。且つ、60年代、私は北京で朝鮮国家芸術劇団が上演した大型オペラ「売花姑娘(花売り娘)」を見てしまい、劇中の花売り娘が売ったのはチンダルレ、それは「革命」者の合図・象徴だった。四月度、平壤にいた時、一度昼食の最中、楊斌と皆は区徽にどんな花で代表するのかと話し合い、迎春花を推薦することがあり、且つ料理屋の中に一鉢の迎春花を置いてあり、とても奇麗だった。私は、「チンダルレは、朝鮮革命者を象徴しています。」と言った。
但し、私の言ったことは正しくない、今回相談の中に、朝鮮首席代表は私に了解させた。
金社長は笑いながら、「私たちの国花は木蘭花です。区旗、区徽に楊斌の写真を印刷してはいいですか?」
もちろん、金が言ったことは冗談だった。
皆は大笑いするようにさせた。
楊斌は恥ずかしくなり、「区旗、区徽の設計について、貴方たちは解決しましょう。」と言ったほかない。
金社長 「木蘭花は私たちの国花、でも、特別行政区の区旗、区徽の中に図案にすると、私たち最高会議が批准するのかどうかは分かりません。私たちは楊の意見を持って帰りたいと思います。基本法に関しては、私たちは面会して討論しなければいくない、枠を討論してしまい、キーポイントは細部の討論です。後で相談しましょう!」
楊斌 「基本法を討論完了して、よく整理して、金社長は戻ってから中央へ報告してください。六月、私たちは行くつもりですが、またアルゼンチン、シンガポール、オーストラリア及び香港の企業家、投資者は一緒に行きます。六月、朝鮮へいく時、朝鮮最高会議は基本法を採択するように希望しています。私たちの対外する心配点は主に基本法です。」
許明奎 「基本法を公表する場合、まず、私たちは特別行政区の開放を公表します。これは、最高国務会議に審査され、最後、最高会議に採択・発表されます。」
楊斌 「対外して基本法を公表するのはいつですか?」
許明奎 「多分早くても3、4ヶ月間かかります。基本法は採択されてから、公表できるようになります。」
許の予測は比較的に正しい。今回会談の時間は5月20日、正式的に新義州特別行政区基本法を発表・採択したのは9月23日、まるまる4ヶ月間かかった。
いつ基本法を公表するのか、と楊斌は相変わらず止まらなく聞いて、「いつ公表しますか?金社長、ご予測ください!」
金社長 「せかせかとすれば、基本法ではありません。私たち代表団の各位は誰も予測できません。貴方たちの行動により行います。」
楊斌 「契約を結んでから、私は特別行政区長官ですか?」
金社長 「金将軍により決めます。あなたは特別行政区行政部の長官ですよ!ご心配なく、新義州特別行政区は楊斌から指導されます。あなたは私たちを信じなく、残念ですね。」
楊斌 「いいえ、いいえ。私たちは一つ家庭の人たちですよ!私はただ特別行政区の建設のために焦り、基本法は採択されないと、私は仕事をすることができませんよ!」⑩
やっと先ほど緊張な雰囲気を薄めた。
私たちはついによく息をついた。
特別行政区のため、楊斌はまた50平方キロの土地を勝ち取った。第三日の会談は、依然としてオランダ村アムステルダム汽車駅の三階ホールで行なった。会談の前、両方代表は、二楼ホールに設けた新義州特別行政区前景企画砂盤をよく見た。これは、朝鮮より供えた82平方キロの地図に従い設計された。新義州特別行政区の鴨緑江沿岸において一つ長い緑化地帯はあるし、都市区域には、全く世界レベルのある現代的な高いビル、ハイテク団地、別荘区、空港、広い八車道道路、及び園林式の居住区はある、と私たちは見てから、羨ましくなり、長い間に憧れた!朝鮮代表は足を止まり凝らして、紛紛と褒め称えた。
楊斌は代表団をここまで連れて見させ、特別行政区都市企画と将来美しい前景を紹介し、朝鮮より特別行政区への信心を強める以外、更に主な原因は、港と将来転居を相談する。朝鮮が供えた港は僅か3 000トンの貨物船を出入りできるけど、特別行政区が要るのは15 000トン貨物船が泊まれる港だ。私たちは綢緞島を貰い、港、貯蔵・運輸、及び化学工業工場の用地を解決するように希望した。新義州特別行政区砂盤の前、皆は具体的な鴨緑江出海口を見え、港を選択できる。
港企画設計専門家の王諾は、砂盤の前で、朝鮮代表に港選択の重要さ・理想的な所を紹介した。
数回王諾より自ら楊斌へ港の選択を報じたことと聞いてしまい、新義州特別行政区の企画に、必ず先に場所を選んで、その後設計を進めるんである。これは一つ非常に専門的でかなり繁雑な重大工事だ。但し、現在、朝鮮が提供できる港は僅か一つ浅水港、ところが、特別行政区は必ず万トン以上貨物船が泊まれる深水港を有する。王諾は、港の近くで一つ製油工場を建てると提案したことがあるので、これは油船波止場、倉庫等の用地と関連していく。
楊斌は王諾に合計でどれぐらい用地を要るのかと聞いた。
王諾 「5平方キロ。」
王諾は都市・港設計の専門家。これは彼が朝鮮妙香山にいる写真。(撮影 関山)
楊斌 「製油工場の使用済み材料を現地で加工して、それぞれ各種化学工業工場を建てると、どれぐらい用地を要りますか?」
王諾は笑って、「1倍を増えるでしょう!」
楊斌は会釈して、「では、私はまた朝鮮へ50平方キロ用地を頼みます。」
私は嘗て楊斌に紹介したが、1997年4月、朝鮮は、米籍朝鮮人朴敬允女史が指導する金剛山国際集団と協力し、綢緞島・薪島等85平方キロを免税開放区と企画したことがある。その後、色んな原因により実現できなかった。以上は二つ意味を示した。一、朝鮮は早く1997年にも「開放」を予想・準備してしまい、力は大きくなかったけど。二、朝鮮は綢緞島の使用を同意した。それで、私たちは「基本法」を設計する時、「基本契約書」を含め、全部で綢緞島を議題の中に入れる。
ここで、もう一つ言いたいけど、「楊斌代表団」に新しく加入した成員喬勝利は、私の近く20年間の友達である。彼は、深セン市委常委、蛇口商業誘致局、蛇口工業区取締会副会長・社長を務め、招商銀行と平安保険公司を創ったことがある。蛇口建設の総指導者として、彼は全て青春・才能を蛇口特別行政区へ貢献したことがある。朝鮮代表団は瀋陽で第三回談判を参加する最中、喬は彼の一人友達李家華をオランダ村まで連れてきた。李家華は一人大投資者、彼は一つ国際的な財団を手配してしまい、シェル・オイル会社を含め、30億ドルを投資し新義州で一つ現代的な大手製油工場・油港波止場を準備している。
こんなに巨大な投資を言った外資財団について、これは初めてであり、楊斌に躍り上がって喜ぶようにさせたのは当たり前だった。楊は長い平治(車)を手配し、私が喬勝利とこの投資者をお伴して瀋陽夜景をみさせた。後、李は了9月23日、平壤で開催する朝鮮人民会議をを参加してしまい、楊斌は式典で宣誓した。
この件により、楊斌は決心を強めて、再び朝鮮へ港、製油工場の用地50平キロを要った。①
そのため、第三日の会談は港の選択から始まった。
まず、楊斌は発言して、「綢緞島は決められませんか?対特別行政区に対して、波止場は非常に重要であり、綢緞島は駄目だったら、港は必ず深水港を選びます。製油工場は原油を入れる場合、港には必ず数万トン以上の油船が泊まれる。特別行政区の上、朝鮮将来の経済に対してもかなり重要です。貴方たちの貨物も出入できますよ!」
金社長 「国際的な波止場は私たちに対しても非常に重要です。」
楊斌 「更に重要なことに関して、私は一つ国際大投資財団を持ち、シェルオイルを含め、30億ドルを投資し新義州で製油工場、油港波止場及び後加工の各種化学工業工場を建てるつもりです。このプロジェクトは私たち特別行政区へは随分重要であり、且つ朝鮮のエネルギー及び化学工業製品の供応に対しても、非常に重要です。」
金社長 「いいですね。私たちはこのプロジェクトを非常に関心・重視して、支えたいと思います。」
楊斌 「問題点は綢緞島を決められないことであり、港は別に選び、土地と関連しています。」
金社長 「これは簡単です。私たちは速く新港住所の選択を考察させるように人を派遣する と計画しますが、恐らくどれぐらい土地と関連しますか?」
楊斌 「50平方キロです。」
金社長 「私たちは戻ってから最高当局へ報じ解決させます。国際的な波止場と大手製油工場は私たちに対しても非常に重要です。」
その後、私たちは朝鮮の通知を貰い、朝鮮政府は、大鶏島の近くで臨海する一箇所を出すことを同意してしまい、面積は50平方キロ。それで、元の82平方キロは次に出された50平方キロを加え、新義州特別行政区の総面積は132平方キロとなった。
楊斌の一言で、また新義州特別行政区へ50平方キロ土地を勝ち取った。ここで深水港のある50平方キロ土地は、将来特別行政区の建設のために、重大的な経済意義を持っている。将来の大手国際海運港、製油工場、化学工業工場は全くそこに設けられる。
楊斌 「特別行政区の転居は早めに進むべきです。」
金社長 「転居代を数回討論しましたが、私たちの意見へなんか問題ないでしょう!」
楊斌 「親しい人達ですので、問題がないです。」
楊斌 「何人は移動しますか?まず移動して後で帰る、或は移動しない、どっちですか?」
会談中あまり発言しない一人の朝鮮代表は、「残る人は移動しません不動了。」と言った。
「何人は残りますか?」
金社長 「具体的な人数はまだ出ません。」
楊斌 「朝鮮側はちょっと研究してください。明日、討論しましょう。」
朝鮮代表 「はい、明日基本契約書を討論する時に、また問い合わせましょう。」
楊斌は準備済み議題の通り、続けて聞いて、
「速く特別行政区を企画するために、私たちここの数人は、手続きを簡単化させ新義州を出入させることができますか?」
許明奎 「問題だないです。でも、外国人は駄目です。」
楊斌 「私たちの都市企画・港設計に関しては、確かに世界著名設計公司と専門家を招聘したので、彼らは自ら新義州へ考察するほかありません。」
許副委員長は説明して、「もし外国人はまず中国に着いてから、国境を通じて朝鮮へ行けば、ぜひ私たちの辺検に検査されます。パスポートを使うと便利になります。」
楊斌 「丹東市は新義州要で特別行政区を建てることへよく関心しています。中国十四個沿海開放都市の中に、僅かここは良く発展しません。現在、チャンスが来てから、そこの住民は非常に感激しています。丹東側は一つ個共用波止場の建設を同意してしまい、物流を解決し、汽船で労働者・観光客を運送し、人の出入の緊張な問題を解決します。契約を結んでから、中国の自動車は新義州に進出できるのか、とは分かりません?」
楊斌は感覚により言った。
目の前、朝鮮税関の規定により、外国自動車、貨物車が直接新義州に進出することは禁止となり、だが、朝鮮と正式運輸契約を持つ公司は含められない。欧亜集団より平壤農業基地へ運送する貨物は、必ず朝鮮規定に従い処理する。だから、いつもこも原因で工事進度を影響する。楊斌はとても悩むが、仕方が無い。
朝鮮代表許副委員長はこの問題に対して、「これは問題がないです」と答えた。
第三回談判は、新義州特別行政区へ基礎を固めた。5月21日-22日、両方は、主に基本契約書について談判した。
朝鮮より供えた「基本契約書」(討論稿)主体91(2002)年5月は、合計で六章あり、全部で54個条款がある。「朝鮮対外経済協力推進委員会」の名義で、楊斌の「オランダ欧亜国際貿易公司」と相手になる。朝鮮の法定代表は金勇術、職務は「経協会(対外経済協力推進委員会)」委員長である。
朝鮮は「基本契約書」(討論稿)の「第一章:総則」に、「朝鮮対外経済恊力推進委員会は、朝鮮民主主義人民共和国に委託され、オランダ欧亜国際貿易公司と朝鮮民主主義人民共和国の新義州市で特別行政区を建てる」と載せてある。
これに対して、「楊斌代表団」が供えた「基本契約書」書類の正式名は、「朝鮮民主主義人民共和国対外経済協助促進委員会とオランダ欧亜国際貿易公司は、新義州特別行政区の成立に関する基本契約書」(草案)。当該「基本契約書」(草案)は章・節を分けなく、合計で26条款となる。当該契約書の頭に、「朝鮮は、経済協力が朝鮮最高権力機関の調印・授権を得ることを認可し、本契約書が朝鮮において出る法律効目という認可を得た。」と明らかに載せてある。5月22日午後、両方は「契約書」の大枠について契約を結んだ。このために、朝鮮代表団は瀋陽妙香山料理屋で夕食を行い、「楊斌代表団」全般成員を招いた。
「朝鮮民主主義人民共和国新義州特別行政区基本法」は、朝鮮最高人民会議常任委員会に採択され、2002年9月24日公開・公表された。「基本契約書」は両方に採択され調印式典を行なったが、今まで両方は公開・公表しなかった。両方を尊重するために、筆者は関連詳しい内容を披露できないから、あしからず。契約書の細部談判は、3月末から最後9月23日調印達成まで。但し、両方談判の中に、私の了解により、「基本契約書」の談判は比較的に順調に進んでしまい、「基本法」の討論と同じではないように難しく長いだった。
5月23日会談の中、楊斌は平壤の農業基地温室建設について、簡単に進度状況を説明した。後、彼は言って、
「平壤の温室に関しては、契約の中に電力に関する条款がありません。貴方が電力問題を解決する能力がない、でも温室は急いで電力設備を要ると思います。では、私はドルで買いましょう。」
金社長は聞いてからかなり楽であり、
「楊斌総裁の話、どうもありがとうございました。楊斌は非常に私たち国家現在の困難を理解し、非常に金将軍に忠実です。問題が出たら、また契約補充の方法で解決できます。新義州特別行政区の開発は、私たち政府と金将軍は楊への信任です。」
「新義州特別行政区の開発について、国内外には、理解できない人はいるし、反対する人はいます。恐らく邪魔に遭います。但し、中国政府は支え、中朝の友誼は固く破られないとおもっております。私たちはまだ正式的に代表を派遣し北京へ特別行政区のことを問合せさせない、すぐ派遣すると思いますので、ご心配なく。契約書の中に、もしなんか問題があたッら、相談の上解決しましょう。」
「基本法に関して、また問題がありますか?続けて相談しましょう。」
許副委員長 「また長官の権利を詳しく討論しましょう。私たちは特別行政区長官を50年任命しますが、立法会の採択により任期は一つ任期5年となります。」
翁永曦 「特別行政区長官は、朝鮮最高会議に任命されます。立法会の採択により任期は五年、また重任できます。」
翁永曦は今回会談の時に「楊斌代表団」を加入した。彼は、北京大学国際関係専門を卒業し、80年代の頭、中共中央農業政策研究室で務め、後、色々な原因で中央部門から離れ、80年代の末、退職してビジネスをし、ある著名な投資管理公司の会長を務めたことがある。彼の経歴は楊斌に重視され、談判の時、楊斌的の左右に座り、馬寧と一緒に楊斌の優れた助手となる。その後、彼は、楊斌に「新義州特別行政区長官首席助理」と任命された。私は、楊斌が自ら署名した一号任命状を確かに見た。翁は頭脳が明晰で、優しい知識者であり、また政治頭脳をよく持ち、策略に長け軽視できない人物である
翁永曦は発言してから、駱偉健教授は、5年一つ任期が短すぎると考えたので、自分の考え方を言った。
駱偉健 「5年はちょっと短いでしょう?商業誘致はさきほど始まり、多い外商は楊斌の友達ですが、彼らは楊の名声、信用を重んじて来たんです。10年はよりいいですか?」
楊斌は、彼のために駱の発言が任期の長さを勝ち取ることが分かったが、朝鮮側に反対されることと心配するので、びっくり「10年か?」と聞いた。
王惠東は直して「8年」。
王惠東は米国で留学した博士、米国ある多国籍科学技術公司駐中国の首席執行官をしたことがあり、いま、上海浦東あるハイテク公司の会長を務めている。彼は思維がすばしこく、流暢に英語で話せる。
駱偉健 「フランスは7年。」
翁永曦は朝鮮側に聞いて、「朝鮮はなん年ですか?」
許明奎 「5年です。特別行政区長官の資格・範囲はどのように制定しますか?」
念のため、駱偉健は補充いて、「議会に採択される決議について、長官は署名し批准する権利を持ち、但し、長官は署名を拒否することもできます。で、決議を議会へ戻して再び議論させます。この件には、長官は否決権を持ちます。」
「新義州基本法」主な起草者、左より一番は遼寧法学院副院長佟連発、右はマカオ法学院駱偉健教授。
許明奎は続えて、「非常設機関を設立する必要がありますか?」
駱偉健 「必要です。世界各国にはあります。」
許明奎 「行政部の権限はなんですか?」
駱偉健 「朝鮮は特別行政区政府を意味ですか?」
許明奎 「特別行政区政府と同じです。」
駱偉健 「特別行政区行政部長官は、特別行政区事務の執行・管理、各部門仕事の組織和・指導に責任を負いますなど」
楊斌は腕時計を見て、食事の時間になることと分かり、笑いながら金社長に言ったが、「この件で、朝鮮側は方案を出しましょう!私たち6月平壤へ行って、朝鮮最高会議が基本法への署名・批准を同意するように希望します。時間を節約して、特別行政区の企画・建設に利きますから、今日はここまで、いいですか?」
両方の談判に従い、「基本法」の大枠は決められたと言える。楊斌の一言「金将軍に決定させましょう!」により、特別行政区の区域名称を朝鮮最高指導者へ報じさせたが、特別行政区長官の三権の大勢は既に決まってしまい、また特別行政区のために50平方キロの土地を勝ち取り、第三回会談には彼は本当の勝利者であり、特別行政区の将来のために基礎を固めた。特別行政区に最も重要な四つ役人職務、即ち立裁判所院長、検察長、裁判所院長、公安局長に関して、朝鮮はずっと朝鮮人が担当することと堅持したが、次面談のこととなります。これに対して、彼の胸に成算があり、少なくとも両方はそれぞれ二つ職務を勝ち取るでしょう?
5月24日は、朝鮮代表団が瀋陽で滞在した最後の日。両方は、達成した共同認識に従い、それぞれ改訂した「基本法」、「基本契約書」を整理した。
朝鮮首席代表金東奎社長の話により、
「今回、私たち朝鮮代表団は瀋陽に来て、楊総、皆さんと数日間相談して、国家より私たちに出した権限の中に、私たちは総合的な契約を結びました。」
勿論、朝鮮代表団も彼らこの度の主な任務を遂げた、即ち:「総合的な契約を結びました」。皆は、共に新義州特別行政区「基本法」に関する枠、「基本契約書」を完成した。また、朝鮮側は楊斌のもう一つ承諾を得て、即ち:朝鮮は20人ほどからなる農業技術学習団をオランダ村へ派遣し、欧亜集団にて手配と育成に責任を負う。両ヶ月間の学習により、これら若い農業技術者がオランダ温室の草花、野菜胞子育成、養殖また管理技能をマスタするようにさせる。
注釈:
①2001年1月、金正日は丹東汽車駅の列車に、中共遼寧省委副書記張成相、中共丹東市委書記蔡哲夫、市長姜作勇と面会した詳いいこと及び相談内容について、木書第四章「金正日はどのように楊斌を選ぶのか?」をご参考下さい。
②2002年5月9日、蔡哲夫を探訪、丹東市丹東ホテル。
③2002年5月8日、姜作勇を探訪、丹東市丹東ホテル。
④2002年5月11日、韓淑雲を探訪、丹東市丹東ホテル。
⑤2002年6月15日、王成貴を探訪、丹東市。
⑥2002年6月16日、李宏軍を探訪、丹東市
⑦当該情況の出所:私五月十九日の記録及び駱偉健教授によるメモの参考。
⑧当該章の情況・対話の出所:私その時の記録及び駱偉健教授の筆記。
⑨「米国外国資産管理局が制定した北朝鮮向け経済制裁」に関して、条款は非常に詳しく、下は経済制裁の概括:
一、北朝鮮への輸出について
2000年6月19日米国外国資産管理局が制定した改訂は、北朝鮮へ輸出貨物の禁令を完了してしまい、条件に関して、北朝鮮へ輸出・再輸出する貨物は、商務部門或はその他関連代理者に授権されること。
二、北朝鮮の輸出について
米国武器輸出管理法第73と74条款の規定により、原始輸出国が北朝鮮である貨物は、全く直接にもしくは第三国を通じ米国に輸入できない、米国外国資産管理局の事前通知・批准を除くこと。
輸入者は必ずOFAC(米国外国資産管理局)の書面書類を供え、輸入製品は下記の内容を含めるのかどうかと載せること:A.閣内相は一人外国人を派遣し、ミサイル技術研究活動を従事させる。B.北朝鮮政府は何れミサイル装備或はミサイル技術に関する行為。C.北朝鮮政府は管理する電子、宇宙空間システム・装備、軍事武器の発展・製造。
以上を除き、輸入者はOFACの許可を申請するとともに、必ず提供する内容について、1、彼らの名前、住所、電話、ファックス、及びメールアドレス。2、輸入製品のカタログ一式、品質・コストを含める。3、当該製品メーカーの名前・和住所。4、当該製品の製造工場の所在地名称・住所5、北朝鮮輸出者の名前・住所。輸入製品の検査申請は下の通り郵送される:ワシントン特別行政区、NW、Annex ペンシルベニア大道1500、米国財政部、外国資産管理局、北朝鮮部20220。これら資料を審査してから、OFACは手紙を出し、当該輸入者への審査結果を示す。
米国受託所機関は、信用証或は書類の収集を処理し、北朝鮮より輸入する製品が引取前に必ず持つOFACの許可状を含める。製品を北朝鮮より米国に輸入する前に、この手紙を必ず米国税関サービスセンターまで渡す。
三、北朝鮮観への観光について
北朝鮮で観光する場合、米国パスポートは使えられ、且つ個人の場合、米国政府の許可を要らなくて北朝鮮へ旅行できる。北朝鮮において全ての取引は合法である。間t、米国観光サービス会が観光客を集め北朝鮮へ観光することも合法である。
四、口座、資産及び金融取引について
元々封鎖された資産は2000年6月16日より、依然として封鎖され、所有その他取引について、米国外国資産管理条例2000年6月19日改訂案が規定する標准に達すれば、合法だと認める。米国人に一切に悪く向いたり、送金でテロ分子が米国にあるテロ活動を資金援助する活動等の活動につき、米国人は分かる或いは足りる理由を持ち信じたりすることは、相変わらず禁止となる、と送金者・受取者は分からなければならない。
⑩当該情況・対話の出所:私2002年5月20日、オランダ村で談判参加時の記録、また駱偉健教授の原始筆記を参考した。
楊斌が王諾に製油工場、波止場、化学工業工場用地を諮問した情況は、2002年7月、王諾がオランダ村で筆者と相談したことである。10月27日、筆者は大連で再び王諾に諮問・確認した上、記録した。
資料出所:朝鮮より供えた「基本契約書」。
当該章の情況・対話は私その時の記録を採用した。