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第十三章 楊斌の事件の審議過程

メディアが再び楊斌に注目を集めた。
2002年11月26日,楊斌が正式に拘束された。翌日新華社通信が報道を出した。「11月27日、楊斌が虚偽出資、賄賂、契約詐欺、法律違反の農業用地占有などの経済犯罪活動のため、当地の公安機関に正式に逮捕された。初めのころ、楊斌が沈陽に拘束されていたが、その後は秦皇島のある留置所に送られた。そこは法律に違反した官僚たちが服役のところだという。遼寧省国土庁庁長の李業、沈陽市于洪区国土局局長の杜守芳もそこで服役しているらしい。」
そこで、楊斌がわりといい待遇を受けた。楊斌の第四のおばさんから教えてもらったが、楊斌の部屋にはもともと11インチの白黒テレビがあったが、楊斌がカラーテレビに変えたいといって、見張る人が上に反映したら、ここにはカラーテレビがないが、楊斌の家族にかってもらったり、楊斌自身がお金を出して買ってもいいという返事を受けた。結局、楊斌がお金を出して、21インチカラーテレビを買って刑務所の人と一緒使っている。楊斌は自分のお金で「スリーファイブ」タバコを買うのも許されるらしい。中国の警察が彼に対しては特別関心を払っているともいえる。楊斌が審判の前は遼寧本渓刑務所に拘束されていた。
すぐ楊斌が拘束されたことを知った朝鮮政府が外交チャンネルを通じて、中国に「楊斌をちゃんと見守ってください。」という意思を伝えた。①その後、朝鮮民主主義人民共和国最高会議副委員長の楊亨燮が北京を訪問したという情報が流れた。彼は楊斌のことをよく知っているから、彼は訪中期間に、少なくとも中国政府に朝鮮政府の楊斌の問題に対する関心を伝えたはずだ。②
その後、外国メディアから絶えず「新義州特別区長官変更」のような情報が流れたが、今までまだ朝鮮会議が楊斌の特別区長官職務を取り消す議案がないようだ。朝鮮核問題のなぞがあっても、朝米中三国の北京会談があっても、朝鮮側は新義州計画や楊斌の特別区長官職務をあきらめることを公開していないのは事実だ。少なくとも、朝鮮側は「楊斌事件」の明朗化までまつということだ。
馬寧が代理特別区長官をやるという報道もあったが、それは確かに根拠のあることだ。これは馬寧が朝鮮妙香山観光地で撮った写真だ。(撮影 関山)
朝鮮側が楊斌の特別区長官職務を取り消すことを発表しなかった。しかし、楊斌は中国の関連法律に違反したから、すぐ新義州特別区にかえって長官をやるのは不可能に近い。それでは、朝鮮が第二の特別区長官の任命を考えたことはないか。筆者は朝鮮政府トップ官僚の半年間の接触から見ると、すぐ第二の特別区長官の任命は不可能だと思う。けど、代理特別区長官はかなりの可能性がある。私の知っている限りでは、「楊斌事件」の明朗化まで、朝鮮側はずっと代理特別区長官任命の道を歩んできた。馬寧が代理特別区長官をやるという報道もあったが、それは確かに根拠のあることだ。だが、私の観察しているところでは、代理特別区長官としては、馬寧は何かにかけている。馬寧が鋭敏でないわけではない。彼との数ヶ月の接触(2007年までは数年になった。)では、彼は頭の回転が速く、特に人当たりが誠実で、楊斌の顧問の間でもその人柄がよく知られている。ただ、彼には一種の背景や国内外の商業界での名声がかけている。では、朝鮮側もほかの代理特別区長官にふさわしい人を探しているんではないか。答えは確実だ。朝鮮は過去の経験や教訓を取り入れて、慎重に行動をとるはずだ。過去メディアが大騒ぎした韓国人、香港人やほかの人は朝鮮の視野に入らないと思う。筋によると、「楊斌事件」明朗化した後、朝鮮は臨時に朝鮮対外経済協力促進委員会第一副委員長の桂勝海を朝鮮新義州特別区代理長官を任命し、楊斌の顧問からアシスタントを選び、引き続き新義州特別区計画を促進するそうだ。
2003年1月22日、韓国「京郷日報」が久しぶりに朝鮮新義州ニュースを流した。報道では、「筋によると、何東信託基金の責任者の何鸿章がピョンヤンで投資があって、2月16日の朝鮮リーダー金正日将軍の誕生日の日に、新しい特別区長官になる。」という内容があった。
 このニュースが流れてから、香港、シンガポール、日本などのメディアが次々と転載した。
何鸿章は20世紀40年代の香港第一の富豪である何東の孫で、マカオばくち王何鸿燊のお兄さんだ。何東家族の香港やマカオでの地位が輝かしく、今でも政界、商業界では一定の力を持っている。何鸿章は今年74歳で、アメリカで留学したことがあり、香港で金融、不動産の投資をやっていて、国際的にも名声が大きい。
当日、北京で多くの国内外の記者の友達から今度の事件の真偽についての電話を受け、意見を聞かれた。ピョンヤンで何度も楊斌とともに羊角島ホテルに行った事があり、地下一階はすべて何鸿燊が作った娯楽や食事どころだ。何家族がピョンヤンとは商業ではよい関係を持っていることをしっている。だが、それだけで朝鮮が何家族の人を新義州特別区長官に任命することはありえない。なかには複雑な関係や朝鮮側の標準もある。それに、楊斌事件がまだはっきりしていない。
やはり、何鸿章の香港におけるスポークスマンの憑偉光がこのうわさを否定した。彼は「何鸿章が報道を否認しました。朝鮮との関係は慈善や慈善関連の事項にとどまります。」と言う声明を出した。
同時に、香港駐在朝鮮領事館も関係報道を否定し、新義州行政長官の候補がまだ決めていないと発表した
楊斌が遼寧警察に連れいかれた後、にぎわっていたオランダ村は流れない水のようにわびしくなった。私はオランダ村に2002年10月28日まで住んでいた。そこでガスが買えなくて、我慢できないほど寒くなったので出て行った。オランダ村のもっとも特徴のあるもの――風車が相変わらず寒風の中でさびしくゆるりと回っている。春になると、もう一度オランダ村を訪ねたとき、風車の前に立って、見つめていて、風車がもう動く力がなくなった。そこのすべてが停止になった。職員がいなくなった。彼らはすでに数ヶ月も給料がもらえないので、ほかの道を探すしかない。あそこの一番最初に売った数十棟のマンションでの住民がどうやって冬を過ごせたかわからない。オランダ村に数百の白鳥や黒白鳥がまだいた。楊斌の第四のおばさんのおかげで、専門の人に世話役を頼んだ。残念なのは日本から導入した百数十匹の鯉で、数少ない鯉しか残ってないことだ。
2003年5月中旬、北京で日本語版の「私の知っている楊斌」という本の校正をやっているとき、楊斌事件が6月10日か11日に沈陽で審判を開くことになった。楊斌の弁護士田文昌らがすでにオランダ村に着いた。友達から聞いてほしいといわれれ、「沈陽市公安局起訴意見書-沈陽公安訴訟状(2003)16号」のコピーを渡された。
前にも楊斌事件が遼寧省に番号「803」の大事件にされ、「803」グループは沈陽市委員会の副書記の王啓文(沈陽市紀律検査委員会書記)、副市長李保全などがリードし、当面、グループはすでに500分の証拠やファイル27冊を手に入れたと聞いた。
2003年6月12日、遼寧省沈陽市中級裁判所がはじめて楊斌事件について審判を開くことになった。この情報が流ると、まずは香港「商報」記者徐迅が報道し、それから「南華朝刊」、「韓国日報」などの海外のメディアが次々と報道を展開した。ネットでも消息が翼をつけたように広がって、コメントもたくさん出てきて、再び人々の関心をひきつけた。
筋によると、沈陽方面の「起訴意見書」は楊斌の犯罪事実を6つに分けた。一、虚偽出資の疑い。二、法律違反の農業用地占用(法律違反で耕地占用)の疑い。三、契約詐欺の疑い。四、金融レシートなどの偽造の疑い。五、政府機関に賄賂の疑い。六、政府機関への賄賂の疑い
うち、非難の大三、五、六項目はともに「土地を作るふりをして、欧亜会社用地の使用や占用バランスを解決しようとする問題から「偽契約」「賄賂」などの疑いがもたれた。
 読者にこの6つの非難を理解してもらうために、ここで簡単にこの方面のことを以下のように紹介する。
一、 虚偽出資の罪名
楊斌が1998年4月22日に、欧亜国際輸出入貿易会社法人代表の名のもとで、沈陽靓馬会社、中国農民用住宅東北会社と共同出資で沈陽欧亜実業株式会社を設立したり、沈陽万博ビジネス業株式会社、北陵家屋開発会社と共同出資で沈陽海牙ホテル、沈陽オランダ村不動産開発会社を設立したり、オランダ欧亜会社独自出資で、沈陽欧亜温室株式会社や沈陽欧亜国際諮問株式会社を設立し、工商部門の発行したライセンスをもらった。以上の四つの会社が登録した総資本は合わせて1.583万米ドルで、実際に納めた資本は0だ。2001年7月23日から8月9日まで、楊斌は欧亜農業(株式引取り)株式会社代表取締役として、上場会社の沈陽における外貨口座資金を流用し、四つの会社の口座に書き込み、実際に納めた資金として、すぐ全部移転した。
二、 法律違反の農業用地占用の罪名
1998年9月25日、楊斌は欧亜実業会社がハイテク農業テスト地区を建設するプロジェクトの名で、沈陽市于洪区政府に用地の申請を出した。北陵町小韓村土地の121.5150ヘクタールを申し入れた。その年12月28日、遼寧市政府が許可(遼政土地字(1998)598号)を下した。ハイテク農業テスト区用地として認めた。しかし、楊斌が土地使用権をとったあと、農業用地譲渡手続きはしていないし、土地使用権譲渡プロセスも履行していないし、さらに関連費用まで納めなかった。このほか、勝手に土地用途を変え、ハイテク農業テスト区用地で、不動産開発、別荘建設、テニス球技館、ホテルなどの非農業建設を行い、非法占用土地が41.0176ヘクタール(2815.264畝)にも達した。
 2001年5月1日、楊斌は欧亜農業実業会社の名で沈陽于洪区北陵町八家子村と16.024ヘクタール(240.36畝)と2ヘクタール(30畝)の土地賃貸協議を結んだ。土地管理部門の許可なしで、楊斌はそれらの土地で停車場(実はバス停車場-筆者注)、ガソリンスタンドなどを作り、3.4334ヘクタール(51.501畝)の耕地を占用した。
三、 契約詐欺の疑い
2000年5月、楊斌は「土地管理法」第31条の「占用補給バランス」についての規定を回避し、遼寧省土地資源庁副庁長の李業を通じて、当該庁の職員の張という人に欧亜実業のためにすでにほかの人が建設した耕地を探してもらい、欧亜会社の建設用地にしてもらった。それに、法庫町土地局に100万元を渡すと約束した。法庫町土地局局長の胡という人がこの町卧牛石町土地所所长に当該町の苇子溝のまだ国家の管轄の範囲に入ってない土地だが、すでに当地農民が耕作している土地を荒れた河岸の「開発利用」として選んでもらった。楊斌は欧亜農業のなで「荒れた河岸開発利用協議」、「法庫町卧牛石町苇子溝村荒れた河岸の指示」を作成した。当該町の土地局が許可をおり、公印を押した。2000年10月、楊斌は欧亜実業を代表して、省土地整理センターと「耕地売買協議」を結んで、偽の1634.8895畝(208.9926ヘクタール)の耕地で、耕地開発費316.6万元を騙し取った。
四、金融レシートの偽造の疑い 2001年11月、楊斌は沈陽欧亜農業会社のなで、香港での上場を果たすため、勝手に金融機関の公印を作り、財務会計作業員の桑淑華らを水増し収入や偽支出の金融レシートを書いてもらった。合計帳面金額が17.86億元にも達した。
五、機関に賄賂の疑い
 2000年5月、楊斌は「占用補給バランス」(つまりどれだけ占用するかによってそれなりの土地を補う国家土地政策)を避けるため、遼寧省国土局の職員の張家旭と虚偽土地建設について話した結果、法庫町土地局局長の胡玉広のところにいって、すでにほかの人が作った、地図では荒れた土地としるしをつけた1000畝の耕地を欧亜会社の土地建設に使うとして、町土地局に100万元を渡すと約束した。終わってから、楊斌は前期約束した100万元の協議を守り、職員の「ぱしり料」を除いてから、二度にわたって、法庫町土地局に計98万元を渡した。
六、会社の名で賄賂の疑い
 2000年5月、楊斌は欧亜会社代表取締役のなで省国土局職員の張家旭に「占用補給バランス」における「貢献」のお礼に、12月に張に25万元を渡した。遼寧省国土庁副庁長の李業が欧亜会社の5回にも渡った土地占用申請での世話のお礼として、李業の息子がドイツ欧亜会社で働くため報酬として李業に2万米ドルを渡した。2001年8月、李業が息子の帰国を機に、2万米ドルを楊斌に返した。
沈陽公安方面から見ると、沈陽欧亜農業発展株式会社や楊斌の行為が「刑法」第159条、第342条、第224条、第177条、第391条、第393条に違反したとして、中国「刑事訴訟法」第129条により、訴訟を提出した。
法律専門家によると、この6つの罪名の中で、4つ目の金融レシートの偽造の疑いがもっとも厳重で、刑法第177条によると、この罪名が成立したら普通は5年以下有期懲役か拘留、最高では10年以上もの無期懲役とともに、5万から50万の罰金や財産没収がある。
筋によると、楊斌案件の主な裁判官は沈陽中級裁判所刑二庭副裁判長の朱暁光で、公訴の一人は沈陽市検察院の賀文五所長だ。開廷のとき、最高人民裁判所、最高人民検察院や司法部からはかならず沈陽へ傍聴する人を派遣するはずだ。
また、オランダ大使館方面も、楊斌案件の開廷審理のとき、誰かを傍聴にはけんするらしい。
6月10日、中国政府もそれに相応の反応を示した。中国外交部スポークスマン孔泉は10日のいつものニュース発表会で、中国側が「事実を元に、法律を基準に」、この案件を審理すると発表した。
このとき、楊斌が遼寧省本渓留置所に拘束されていた。「財務経済時報」の記者田予冬は6月2日に自ら本渓留置所に行ってきた。彼はこう描いた。「広くない都心を通り抜けると、復旧していない鉱地域の道路で揺れながら前に進んでいる。本渓は鉄鋼や石炭で有名だ。数日前、国家総理温家宝が視察にきたばかりだ。道の両側の建築には全部薄暗い灰が覆っている。道がますます狭くなって、穴も大きくなっていく。黒い煙の漂っている「本鋼耐火材料工場」を通って、勾配の大きい丘陵に上がった。トップに行けば、「本渓市公安局監察支隊」の札が見えた。」
「それは見かけが普通の拘留所で、庭の塀にそって行けば、約300から400平方メートルまでの小さい庭だと気づいた。塀の外からは中の事務ビルや国旗柱が見えた。庭の曲がり角に見張り所があって、やせた当番警察は記者が「楊斌の友達」としての見舞いを断った。「会いたいなら刑務所で会ってください。」といわれた。」
私は6月9日に沈陽に着いた。翌日午前中オランダ村A9別荘について、楊斌の第四のおばさんの楊鳳林にあった。彼女はオランダ村の状況や弁護士の応募について紹介してくれた。昼ごろ、北京の弁護士が着いた。みんなで昼ごはんを食べた。初めて田文昌、田地、曹樹昌弁護士らと会った。ともに北京京都弁護士事務所の弁護士で、同じ北京の人なので、すぐ親しんできて、楊斌案件についての見方をそれぞれ話した。
田文昌弁護士は法律業界でとても有名だ。彼は中華全国弁護士協会刑事専門委員会主任で、大丘庄禹作敏案件被害者、雲南李嘉廷案件、華夏銀行頭取段暁興案件の主な弁護士で、業界では「中国刑事弁護士第一人」とも呼ばれている。
田文昌、男性、1947年遼寧撫順に生まれた。幼いころは二胡が好きで、その後バイオリンを習い始め、よく知られている「新米音楽家」だそうだ。その後は農村に行って、ずいぶん苦労をした。都市に帰ってから、彼は鉱区中学で先生をやっている。大学受験が再び始まったとき、彼はすでに30歳になった。若い青年と大学に通うのは「恥ずかしい」ので、院生に試した。このことを言及したとき、彼は得意そうにこういった。「どこから借りた法律教科書か知らないが、勉強し始めた。その後、腰の傷が治って、西北政治法律大学院の受験を受けた。一つ目の受験で、虚脱し、ずいぶん吐いた。ほかの受験生はみんな白い目で私のことを見た。結局、私が一番だ。」
卒業後、法学院生の田文昌は中国政治法律大学で教師をやっていて、法律科副主任、院生指導先生を担当してきた。そのときから法学業界でだんだん有名になった。1985年から弁護士の仕事をはじめ、1995年に京都弁護士事務所を設立した。彼は種々の典型的な問題法律事務で有名だ。近年来、天津大丘庄被害者禹作敏案件、珠海金来镭連レーザーディスク株式会社の著作権侵害無罪弁護案件、香港世亨洋行と成都恩威会社潔尔陰商標紛糾仲裁案件など国内外で影響の大きい典型問題案件を解決した。
1996年、田文昌は北京市「優秀弁護士」に選ばれた。4月に、中央テレビの「東の子」番組に「北京弁護士田文昌」を題目に、上巻と下巻に分けて田文昌への専門取材を流した。
 彼の法律著作は「中国有名弁護士弁護単語代理単語精選――田文昌スペシャル」、「刑事訴訟:控訴、弁護、審理――張軍、姜偉、田文昌三人への訪問」がある。
弁護士グループの弁護士らによると、楊斌案件自身は複雑でない。公訴側が楊斌や彼の会社に六つの罪名があると公訴した。罪名は四つにまとめられる。関連した会社や証人もそれほど多くはない。楊斌の弁護士は合わせて6名で、二人の弁護士が一組で、一組は楊斌のために弁護し、もう一組は欧亜農業会社に、残った一組は欧亜実業会社に弁護するようになった。
10日午後、国内外のメディア記者が裁判所、検察院で何も情報が得られないので、オランダ村に囲んできた。開廷までに楊斌の家族や弁護士に会おうとしたが、楊斌の家族に「取材に応じない。」と断った。
開廷するまえに、北京からいらした弁護士の姿を見たことのある記者は誰もいない。田文昌弁護士が極秘で、市内の万豪ホテルに住んでいて、曹樹昌、田地などの弁護士もオランダ村のD2別荘に住んでいた。そこを知らない人は近づけない。
私と知り合った国内外の記者の友達はすでに沈陽に着いて、進んで携帯で私と連絡を取ったが、「まだ弁護士に会っていない」を理由として、知っている少しの情報でも記者の友達に教えない。だから、翌日楊斌の第四のおばさん楊鳳林と沈陽中級裁判所に着いたとき、記者の友達に見かけられたら、文句を言われた。特に、「南華朝刊」のオー二アとは北京で知り合った。それに、「香港商報」の徐迅、「21世紀経済報道」の王立徳らにあったとき、謝るしかない。楊斌の家族や欧亜農業、欧亜実業の二つの会社に6枚の傍聴証しかない。楊斌伝記の作者であるためか、楊鳳林は私と彼らの1年間近くの付き合いで一枚渡してくれた。
法廷での鋭い舌戦
6月11日午前8時、私は楊斌の親族や欧亜会社の職員と一緒に車で沈陽市中級人民裁判所に着いた。楊斌案件の初めての開廷なので、国内外の幅広い注目を集めている。このとき、法廷の外ではすでに数十名のメディア記者が集まってきた。車をおりたら、知り合いの「南華朝刊」のオー二ア記者、イギリス「金融時報」記者、「香港商報」の徐迅、「東方日報」の吕奕南、「21世紀経済報道」の王立徳ら、それに「財務経済」雑誌、「ニュース週刊」、「財務経済時報」、「経済観察報」、武漢「楚天都市報」、韓国連合通信社、日本やフランステレビ局の大勢の記者を見かけた。
これらのカメラや撮影機を持つ黄色い髪、黒い髪の男女記者たちは、にぎわって裁判所の正門のところで行き来している様子が道を通っている沈陽市民の好奇心を起こした。だが、沈陽市公安局は記者たちの自由活動に関与せず、とめなかった。
そのとき、中級人民裁判所の正門、東門、西門にはすでに警察が見張っている。東門しか開いていなく、時々裁判所の車両、職員が通知証をもって出入りしたり、秩序がよかった。
8時20分、記者グループが騒ぎだした。一列の警察の車が走ってきた。はじめは一台の警察用車で、列の真ん中にあるのは二台の警察用マイクロバスで、窓はすべて黒い日焼け避けのビニールがつけてあった。その後についてきたのは警察用車だ。楊斌を乗せたパトロールが来たのだ。車チームが裁判所東門に入ったとき、鋭い記者たちは次々と撮影機を持ってあとを追いながら撮影しようとした。車を追って撮影しに門に入った記者は警察に止められた。裁判所の鉄さくの庭を通って、車チームが裁判所の後ろの庭の停車場に入った。楊斌が車から降りたら、裁判所の警察に後ろの庭からビルにつれていかれた。
8時30分、楊鳳林が声をかけてくれた。傍聴証を胸に着けて、彼女らについて沈陽中級人民裁判所の東門にはいった。そのとき、海外の記者が多分彼女が楊斌の親族と知ったか、撮影機を持って私たちに向けて、中級人民裁判所に入ったところをとった。その後、鳳凰衛星テレビ局が楊斌案件の中級人民裁判所開廷のニュースを流すとき、これらのシーンを流した。
当日午前中、裁判所ではほかの案件も同時に審理されていたので、中級人民裁判所に入る人が割りと多くなった。みんなが長い列を作ってロビーに入っていた。門番は入る人の胸につけた傍聴証しか見てなくて、ほかは何も聞かなかったし、安全検査などの手続きは一切なかった。楊斌案件は11号法廷で審理をうけるときいた。ここは数十平方メートルしかない審判法廷で、入り口付近は傍聴席で、それぞれ四列あって、ひとつの列に5、6人しか座れない。最後の列は塀に寄りかかったためか、前の列より二つの席が空いた。一回りしたが、傍聴席では約50人は座れる。うえからは40の傍聴証しか発行しなかったし、番号にあわせて座るようになっている。この40人は楊斌の親族、欧亜会社職員、オランダ大使館それに沈陽駐在オランダ領事館それぞれ一人の外交官、遼寧省、沈陽市の公安、検察、司法幹部がいて、803作業グループ(楊斌案件作業グループ)のメンバーもいるそうだ。
傍聴席の向かい側は法廷裁判長、裁判員席だ。前の左側は公訴側――沈陽市検察院控訴人席で、右側が弁護側――楊斌の弁護士席だ。傍聴席から離れた1メートルのところに、一人の席があって、それは被告の席だ。そこに平行の右側に、二人が座る席があって、つまり被告会社席だ。
そのとき、法廷では明るくなり、右側に近いところに撮影機があって、傍聴席の後ろにまた撮影機があった。審判法廷では、中央テレビ、新華社通信の記者のほかに、裁判所はほかのメディアの記者を受け入れようとしないようだ。
傍聴席を離れ、外の廊下でタバコをすった。そこには憩いの一列の席がある。そのとき、裁判所の警察が楊斌をつれてきた。楊斌は相変わらず白いTシャツに淡い黄色いズボンをはいてて、元気そうに見える。彼が私を見かけたら、声をかけた。警察は何も言わずに、彼をつれて11号法廷の真ん中のドアまで行って、ドアの外で止まった。
もうすぐ開廷なので、急いで11号法廷に入って、左側の傍聴席の自分のせきについた。オランダ大使館外交官司徒蘭亭ら二人が私と同じ列に座ったが、彼らは右側の傍聴席だ。今度の開廷はあわせて三日間で、彼らは毎日精確に入場し、静かに聴いていた。このとき、傍聴席はすでに人でいっぱいだ。男4人女2人計六人の検察院の公訴人が入って、原告席についた。田文昌ら弁護士も黒い弁護士制服で入場し、男5人女1人計6人が被告代理席に着いた。楊鳳林、辺守捷はそれぞれ欧亜農業、欧亜実業を代表して会社被告席についた。最後に出たのは審判官だ。すべての人が起立し、裁判官が法廷の開始を言って、「被告の楊斌をつれてきて。」といった。
そのとき、二つの撮影機の照明器具が法廷の真ん中のドアにむけた。ドアが開いて、楊斌が中に入って、被告席に着いた。警察二人がずっと彼のそばにいて、中央テレビの記者が開廷のすべてを記録した。
11日午前中の開廷は、主に公訴側の陳述や証人証言だ。それは私が前に言った「沈陽市公安局起訴意見書」とほぼ同じで、ただ証人の証言が加わって、スライドで証人の証言をスクリーンに映しただけだ。それについては言及しない。昼ごろ、休廷になった。私たちが沈陽中級人民裁判所をでたら、数十名の記者が相変わらず裁判所の正門のそとでまっている。オランダ大使館秘書司徒蘭亭が裁判所の正門を出たとき、国内外の記者に囲まれて、質問を連発された。
記者の追いかけで、司徒蘭亭は仕方なく、「楊斌は白い服装で法廷に出ました。元気そうです。」と答えた。
「楊斌の審判は法律で定められたプロセスで進行していますか。」と聞く記者がいる。
 司徒蘭亭は「私の観察のところでは、彼らは一般プロセスに従ってやっていると思います。」と示した。
オランダの外交官は記者の質問を婉曲に断った。「すみません。すみません。…」といいながら、人群れをすり抜けて、来た車に乗って離れた。
私は楊鳳林や会社の職員とともに中級人民裁判所のむかいのレストランで食事をした。それは沈陽大劇場が開設したレストランだ。楊斌の親族らはすでに二つの大きなテーブルを予約した。私たちは法廷に入らなかった楊斌の親族、クラスメート、会社員らと食事をした。
国内メディアの記者がこのレストランに押し寄せ、私の周りのテーブルで食事をした。
近づいて楊鳳林に「楊斌の第四のおばさんですか。」と聞く記者もいた。楊鳳林は仕方なく首を振っただけで何もいわなかった。記者は仕方なく離れた。
午後、法廷では公訴人の出した虚偽出資の疑い、非法農業用占用の二つの罪名をめぐって法廷調査を行った。公訴人が法廷で証人証言の文書、フォト、ビデオなどを提供した。控訴と弁護の両側が弁論を始めた。楊斌が開廷の始めての日にわりと冷静だった。法廷は秩序よく保たれた。
虚偽出資の疑いについて、筆者はひとつの材料を手に入れた。それは沈陽市年農村建設委員会副主任の李良珲との談話だ。
彼はこういった。「やく2001年6月ごろ、わが開発区は外資誘致の任務を果たせなかったので、みんないらいらしてきた。それで、楊斌が外資を持っていることを思いつき、楊斌に一部の外資を導入してもらって、任務を果たすのに手伝ってもらおうかと思った。この思いつきをほかのメンバーに話した。「楊斌が開発区に人を派遣しようとしている。私たちは彼に開発区で会社を登録し、1000万米ドルの資金を導入して、任務の完成に手伝ってもらおうか。もし彼ができたら、彼が派遣しようとした人を開発区にいれたらどうだ。」同時のメンバーはこのアイデアに賛成した。それに会議記録も残っている。」
11日の開廷は午後5時30分の休廷まで続き、7時間にわたった。
12日の開廷は一日中楊斌や彼の関連会社の六つの疑いに対し、法廷調査や証拠提出を行った。公訴人は罪名の一つ一つに事実経過を述べ、大量の証言や証書を出した。楊斌と彼の弁護士は証言の真実性に疑問をだし、すべての証人が今まで法廷に現れなかったとし、証言の真実性も説得力に欠けているし、特に本案件のキー人物阎闯がまだ法廷に出てなく、客観的に本案件の証明過程に厳重な欠陥を与えたとした。
13日、開廷は法定プロセスにしたがって、控訴と弁護双方が最後の陳述を述べた。
当日開廷が始まってすぐ、弁護士や楊斌は公訴人の六つの罪名を全部否認した。控弁双方が証拠提供、証拠質疑を行って、激しい弁論をした。
まずは京都弁護士事務所田地、馬舒寧が非法農業用地占用、契約詐欺、会社賄賂や会社への賄賂について質疑を出した。
ここで、二人の弁護士の弁護を簡単に以下のように紹介する。
非法農業用地占用罪名について。
主観的に言うと、欧亜農業が省政府が出した国有土地で非農業建設をやるのは各政府の指示や精神に従うもので、主観的には非法農業用地占用の故意はない。
一、 沈陽市人民政府事務庁沈政事務所(2000)8号は遼寧省政府に申請の文書を送った。オランダ村のハイテク農業テスト区を「農業、観光、不動産」のいったいとなったプロジェクトにし、「オランダ村の建設工事はうまくいっています。」と報告した。
二、 沈陽市計画委員会投資所は投資便字第(2001から012)号を送って、「研究の上で以下の建設計画を下した。欧亜実業が于洪区北陵町小韩村で新しくオランダ村住宅団地57万平方メートルを建設し、総投資額は12.5億元です。建設資金は自力で調達してください。プロジェクトは市2001年不動産開発建設計画に入れます。」と言う内容だ。
三、 沈陽市人民政府総合文書(2001)116号「市長事務会議紀要」の中では、こう書いてあった。「沈陽オランダ村不動産開発株式会社于洪区北陵町小韩村住宅団地のプロジェクトについては、会議では実施を認めました。」
四、 于洪区区レベル委員会書記李玉華の証言によりますと、市政府会議やトップ指導者の指示では、各部門がオランダプロジェクトで「まずはやろう。手続きは跡で済ませる。」という見方だ。それに、区長于波が政府部門にも似た要求をだしたらしい。
五、 于洪区企画元局長の万守海も証言した。彼は二度も市政府の開いたオランダ村建設に関するテーマ会議に参加したことがあり、会議の精神に従って、「建設工事企画許可証」をくだした。
六、 于洪区土地企画局元局長杜守芳も証言した。上の指導者が部門がオランダ村のあらゆるプロジェクトに対し、通行許可を出してもらい、「三辺政策」(企画しながら、建設しながら、手続きをするというのは市の指導者が与えた優待政策だ。-筆者注)の実施を要求した。
客観的に言うと、欧亜実業は数回にわたって、上級部門ができるだけ早く法律にしたがって土地使用手続きを要請した。
2000年1月1日、欧亜実業は法律にしたがって沈陽市于洪区人民政府が発行した土地使用証を手に入れた。当該土地使用証の用途は総合用地だ。ここで強調しねばならぬことは当該土地使用証は今でも取り消されていなく、法律での権利は持っている。
沈陽市土地合同字(2001)28号、国有土地使用権譲渡契約は有効だ。この契約によると、沈陽市企画土地局は329079.8平方メートルの土地を41973272.9元で欧亜実業に売った。後者は都市計画に従って住宅団地を建設する。
2001年3月、沈陽市政府が欧亜実業に発行した国有土地使用証は合法で、効力を持っている。欧亜実業が精確に土地譲渡金を納めなかったのは理由がある。土地譲渡契約を結ぶ前に、沈陽市政府は欧亜実業から7900万元の市工事金を借りた。沈陽市、于洪区がともに文書を発して、この借金の相応部分は土地譲渡金の変わりになるといった。部門があれこれといったから、うまくいかなかった。
もし、土地譲渡金の納付問題で欧亜実業が非法で、土地使用証を取ったとみたら、それは無礼にもともとは政府部門の責任を欧亜実業に押しただけだ。
停車場の建設について
沈陽市政府事務所外经字(2000)70号「市長事務会議紀要」では、こういったことをはっきり載せている。「市企画局はオランダ村観光業発展を促進する角度から、オランダ村停車場建設について全体的な企画設計を行ってください。」
杜守芳の証言によると、区政府オランダ村プロジェクト工事現場の会議では、于洪区政府委員会の書記である李玉華はオランダ村プロジェクトについては、「まずやってそれから手続きだ」と言った。それに、駐車場の建設は杜守芳に于洪区北陵郷八家子村と用地の協調を任せたそうだ。
ガソリンスタンドの建設
杜守芳証言によると、ガソリンスタンドの用地も于洪区政府が顔を出して決めたことだ。「李玉華書記が現場会議で、まずやってそれから手続きだと決めたんだ。」といった。
張広恒証言によると、杜守芳は政府を代表して、八家子村に行って、欧亜農業が土地を賃貸してガソリンスタンドの建設について協調を行った。
以上のようなことから見ると、弁護側として、主観犯罪や客観犯罪行為がないので、欧亜実業の農業用地占用行為はわが国刑法で定められた非法農業用地占用の罪のなかの犯罪構成要素とはなっていない。
契約詐欺罪について
主観的に欧亜実業はわざと契約を利用し詐欺することがない、客観的に契約を利用し詐欺する行為がない。
一、「荒砂浜開発契約」が出た背景・経過
欧亜実業は建設企画のニーズにより、瀋陽造化区で土地を収用する必要がある。省土地庁副庁長李業の要求に従い、土地収用は必ず「占補平衡(占用面積は開墾面積或いは資金補充面積と同じ)」を行う。実現方式は二つ種類に分け、一つは、「占用面積は開墾面積と同じ」、二つは、「占用面積に対して、相当的な開発費を払う」(指標販売とも呼ぶ)。李業副庁長の建議により、欧亜実業は指標販売に属する。省土地庁は耕保処主任の張家旭を派遣し、欧亜実業へ当該公司が荒地を探して耕地を造るように助けさせた。楊斌は張家旭に教え、「耕地製造は、消耗するお金が少なければ少ないほどいいです」、「耕地製造の間に、お金もあるし人もいます」、以上について、瀋陽欧亜実業の目的は確に耕地製造費を払い土地を造り、「占補平衡」を行うことであり、主観的でわざと非法的に他人の財産を占めることがない、と証明している。
本当なことは:張家旭は、法庫県土地局、臥牛郷土地所また葦子溝村と打ち合わせて、偽って土地を造る名義で、瀋陽欧亜実業公司の耕地製造費を密謀し騙した。然し、欧亜実業はずっと誤魔化され実況が分からなかった。
二、「儲蓄耕地購買契約」が出た背景・経過
張家旭は法庫県で、欧亜実業公司のために、耕地製造を遂げ、遼寧省土地整理センターに検査の上引き取れた。
張家旭の証言、李志の証言、李業の証言により、こんな一つ事実を共に実証した、即ち:情勢・政策の変更にて、「占補平衡」用の製造耕地は必ず購買され省儲蓄庫に入れられる。だが、当該事実は、瀋陽欧亜実業公司が予測できなかったので、張家旭は欧亜実業に「製造耕地」の購買を教えた時、欧亜実業は同意を拒否し、張家旭は「楊斌は納得しない」と実証し、楊斌も欧亜実業が同意しないことを実証した。当該公司の製造耕地の目的は「占補平衡」、お金を稼ぐことではない。但し、政策の強制的な規定にて、欧亜実業は、遼寧省土地整理センターに強制的に購買されるほかなかった。
弁護者は、瀋陽欧亜実業有限公司の契約詐欺証拠が不十分だと認定した。
公司贈賄罪・公司向け贈賄罪について
張家旭の証言は前後矛盾となり、まず欧亜実業が小切手という方法で彼に出した25万元は彼の友達が欧亜へ工事の控除金と実証したが、その後、当該お金は欧亜実業のために耕地製造にて得た利益だと言った。また、張家旭は本事件の直接関係者であるので、証拠学の角度に従い、彼の証言は採用できない。
欧亜実業公司より張家旭に払ったお金の形式・科目内容により、楊斌の証言と睨み合わせ、当該お金が瀋陽欧亜より払った耕地製造費であると実証でき、具体的な内容は:
(1)欧亜実業公司は、振替小切手の方法で当該耕地製造費を払った。
(2)張家旭より欧亜実業公司へ出したインボイス、欧亜実業より作った振替小切手、或いは欧亜公司の的記帳受取書は、「土工掘り」、「土地均し」費用を載せてある。纏めて言うと、欧亜農業より払った耕地製造費は張家旭に取られてしまい、贈賄費用ではないと実証できる。
以上により、合議する時に、法廷は彼の行為への確定を考えてください。
判事長様、判事様、どうもありがとうございました!
田地、馬舒寧は、欧亜実業公司のために弁護発言をしてから、京都弁護士事務所の曹樹昌は彼と田文昌の名義で楊斌に冠する罪名により、長く弁護発言をした。彼らにより、「本事件の一部分事実は比較的にはっきりしています」、但し、「必ず確かめることは、起訴書による虚偽投資罪、非法農用地占用罪、契約詐欺罪、公司向け贈賄罪、金融受取書偽造罪の五つ告発の中に、証拠には欠陥があるし、証拠が十分ではないし、確定が間違った。合議制法廷は本事件を合議する時に、上記五つ罪名と関連証拠及び行為性質の認定を十分に重視しください。」
曹樹昌、田文昌の弁論はかなり多く、後で全文で田文昌弁護士の総括弁論を引用し、内容は大同小異なので、ここで重複して述べない。
さて、判事長は楊斌がなんか言いたいことがあるのか、述べてはいいと言った。
次に、楊斌は自分のために弁護した。下は、私が現場で小さい紙で記録した楊斌の話だ。傍聴席で、記録をする人がたくさんいることが分かった。但し、記録は本当に録音より不十分であり、ただ一部分の事実だった。
楊斌の自私弁護——
農業用地の違法占用について
2000年10月、私は市政府不動産指導チームへ販売用建物物件の建設報告を書きました。販売用建物物件の開発のために、用地四百ムーぐらいを報じました。不動産指導チームは私の報告を納得し、建築面積67万平米の販売用建物物件を批准しました。
国土資源部の書類は2002年4月遼寧省国土資源庁まで発布され、楊新華(その時副省長を務めている——筆者により注解する)は私に教えたが、オランダ村の用地が合法で、書類により「違法として処理しない」。李業(遼寧省国土資源庁副庁長——筆者により注解する)の供述により、私は彼に「598号文」を改訂させ、このことはない、私は彼に国土資源部の書類を改訂させる可能性がない、一部分部門の調査は真実ではありませんでした。また、2003年3月26日、張家旭の供述は真実ではありませんでした。
関于契約詐欺について
この件の中に、私は被害者であり、張家旭は状況を隠しました。法庫県一千六百ムー土地で「占補平衡」を行なった間に、張家旭等全ての人の供述は実証でき、私はずっと与ったことが無く、張家旭は全体過程の参与者・経由者であり、張は二つ身分を持ち、省国土庁の幹部である上、個人利益のため、彼は私たち欧亜実業公司で兼職しています。法庫県土地の談判の中に、彼は役人身分で参加してしまったが、プロジェクト実施の主体は欧亜実業公司、彼もその中に介入しました。今まで、私楊斌が張家旭に25万元渡し彼に「占補平衡」を運行させることを証明する証拠・供述が全然ない、私楊斌は今年40歳、但しずっと法庫県へ行ったことがない、県土地局胡玉広に会ったことがない、その土地がどうなるのかはどうしても分かりません?
また、契約詐欺であるのからには、契約調印を要り、インボイス(欧亜実業より法庫県土地局へインボイスを出し、1600ムーを買った「耕地製造」金額)を要る場合、公印(契約上にある法庫県土地局の公印)を押すことが必要となります。私が公印を偽造し契約詐欺をすると言われたが、証拠の中にはあの公印を見つけなかったので、私は法廷に頑張ってあの公印を探すように注意を促しました。犯罪を犯す場合、道具を要り、人を殺す場合も先に刀を要りますよ!
金融受取書の偽造について
安達信(欧亜農業HK0932の会計監察機関の一つ——筆者により注解する)ために、欧亜農業公司は偽帳簿を造りました。但し、安達信は瀋陽欧亜農業と何れの契約を結んだことがない、従ロジックにより見ると、香港欧亜農業のために、瀋陽欧亜実業は偽帳簿を作り、社内で行なったことです。
さて、いくつかの問題を明らかにする必要があります。プロジェクトチーム(「803作業チーム」——筆者により注解する)は、2002年4月まで欧亜農業の帳面づらを検査したので、私楊斌が主観偽造に責任を負わないことと考えられたが、なぜ2002年4月以後偽帳簿があったのですか?その時、閻闖(欧亜農業公司副総裁、財務総監——筆者により注解する)は米国へ病気を診に行ったが、全て人の供述により、「閻闖は彼らに偽インボイスを制作させた」と言われ、そこで、偽受取書を作ることは私に指示されませんでした。且つ、近年、華北各省にはあまり全部の県長はオランダ村に来たことがあり、もし私は偽インボイスを要れば、僅か電話一本で彼らからオリジナルの物を買えるようになり、彼らへ税収を齎せるのから、私は偽インボイスを買うまでもありません。
実際に、閻闖は統括したけど、上場後、私はついに分かりました。私は、下の経理が偽帳簿を造り、実績を偽っていたことが分かりました。でも、私は認可するほかない、私の本当な考え方について、後の時間を通じ漏れ穴を埋め、仕方がないんです。
劉桂芬(欧亜農業公司副社長——筆者により注解する)前後の供述には差異があります。現在、公安局が明らかに調べたことにより、彼女は公司の資本金を流用しました。次に、陳軍も1 000万元を流用したが、私は摘発したんです。また、2002年4月、閻闖は私に多欧亜農業1億ほどの利益配当を出してくれ、公司の利益だと思ってから受領しました。以上により、私は欧亜農業の利益状況をはっきり知らない、私は偽造する主観根拠がない、と示していています。

13日午前、楊斌及び彼の弁護士たちは公訴者の非難を否認し、特に弁護側のキーマン田文昌は数人の公訴者と対抗し、両方は激しく論戦してしまい、傍聴席にいる聴衆へ一つ感覚を齎したが、弁護側はずっと主動権を握っていた。法廷の中、判事長は勝てに発言者の話を打ち込んだことがない、公訴側・弁護側両方及び楊斌へ足十分な時間を出し、彼らが思う存分彼らの観点・事実を説明するように許した。判事長はいつも法廷上の雰囲気・節奏をコントロールできた。
正午の時、米国大使館政治役人が瀋陽市中級人民裁判所の専門に着いたことにより、中外記者に注意された。皆は、紛紛と当該目的を聞き、これに対して多種予測的な報道をした。
13日午後、法廷取調べを行い、瀋陽市中級人民裁判所より「楊斌事件」を審査処理する最後の午後であり、また最も素晴らしいく最も関注される部分だった。私は依然として傍聴席に座り、できる分の記録をしていた。
まず、楊斌は続けて自我弁護をした。
次に、公訴側は弁論を纏めた。まず、公訴者は楊斌と弁護士の観点をまっこうから対決し反駁した。
公訴者より楊斌と関連公司を公訴した罪は下記の通り:
虚偽投資への公訴事実ははっきりし、本罪名が公訴するのは楊斌と傘下にある欧亜実業、欧亜農業、欧亜国際諮問等公司であり、330万元の差額ではない。資本真実の原則により、楊斌及びオランダ欧亜国際貿易公司は、契約約束により登録貨幣本金をださなかったので、公司が運営できなくなり、責任を負うしかなかった。楊斌は登録資本金を利用しオランダ村で実際に資金を投入したが、これは公司登録成立の法定プロセスに寄らず、だから、香港、北京、欧州の資金により彼の罪を否定できなかった。
公司向け贈賄罪と契約詐欺罪について、2000年5月、欧亜実業は法庫県土地局と契約を調印してから、2001年4月、9月、二回で法庫県土地局へ98万元を渡してしまい、このお金は耕地製造費ではない上開発費ではなく、甚に連契約の内容でも偽り、公司向け贈賄金だった。次、楊斌が張家旭に25万元を渡した事実は明らかで、彼に「土地を解決できれば、お金もあるし人もいます」と言ってしまい、事実もはっきりした。また、楊斌より契約に署名したことにより、彼が法庫県のことを分かると示し、そこで、25万元を贈賄金と認めるすべきだ。

「中国刑事事件弁護士第一人」良い評判を受ける北京都弁護士事務所主任の田文昌は、楊斌へ弁護する首席弁護士だった。
農業用地の非法占用に関して、2001年7月2日、瀋陽市市長事務会議記録により、欧亜実業は規定を違反し農業用地を使用し、省委事務庁の明確な指示に従い、欧亜実業は合法手続きをしてから建設すること。省市リーダーよりオランダ村を褒めたことは、オランダ村より規定を違反した理由とすることができなく、楊興華(その時遼寧省副省長を務める)と徐文才(その時副省長・瀋陽市委書記を務める)の証言により、政府よりオランダ村へ所謂「三辺政策」を出したことがなく、瀋陽市于洪区より出した「先に工事し、後で手続きを処理する」政策は、僅か瀋陽市大二環の高速道路の出口・入口に適用する。
金融受取書の偽造罪について、偽物金融受取書を偽造するのは、国家金融秩序及び銀行秩序を害した。楊斌は欧亜農業の責任者であるのからには、財務の真実さを負責を負うべき。受取書を偽造する過程において、経理の証言・実証は楊斌に指示され、虚偽証拠を造るために、公印を偽造させ、インボイスを偽造させまた虚偽帳簿を提供させるように支持した。閻闖は米国まで逃げてしまい、彼の行為の最終利益獲得者は瀋陽欧亜実業であるので、楊斌は責任を負うほか無かった。
その後、京都弁護士事務所主任の田文昌は楊斌へ弁護を纏めた。
色々法律専門著作・教材を書いた「中国刑事訴訟第一人」の田文昌は、法廷にのアクションは果して普通弁護牛と違い、彼は確かに「学者弁護士」の気質・風格を持ち、彼の話のスピードは速くではなく、大学演壇にいるように、奥深い内容を分かりやすい言葉で現し、証拠は信頼的でり、彼の知識・知恵で事件を処理し、理性・思惟で楊斌事件の事実・法理を分析・検討し、討論・研究の方式で、客観的で真実に観点を言い出し、彼の弁論のロジック性は極に強く、且つユーモアさが豊かで、いつも傍聴席にいる聴衆に笑いさせた。
その後、筆者は「田大状」の纏め弁論(「補充弁論」とも言う)を見た。全文を下の通り載せ、読者が参考し読むように与える。
楊斌は虚偽投資罪、農業用地非法占用罪、契約詐欺罪、金融受取書偽造罪、公司向け贈賄罪、公司贈賄罪の補充弁論(第二回法廷弁論)と公訴された。
判事長、合議制法廷:
第一回弁論の中に、公訴機関より楊斌の六つ罪名を公訴することに関する総体弁護意見は、曹樹昌弁護士に法廷へ全面的に述べてしまい、現在、二回公訴側・弁護側両方の焦点問題について、私は法廷へ下のように簡単に補充説明したいと思います。
まず、弁護者は法廷と公訴者を通じ表したいですが、何れ事件の審査・処理の中、公訴側・弁護側両方の職能及び問題観察の角度により、一部分行為の認定・分析に対して、恐らくもしくは必然としてある程度の相違があります。同時に、弁護者により、こうしても、どんな事件の中、私たち公訴側・弁護側両方が従うのは同じな事実であり、基づくのは共に証明した証拠であり、執行するのは同じな法律です。そのため、弁護者により、公訴側・弁護側両方より事実と証拠提出・受取書への証明を通じ、法律規定への分析・検討を通じ、完全的に討論・研究の方式で、客観的で真実に理知的に自分の観点を言い出せ、法廷へ広い意見にて真相を理解する基礎を与えます。私は考えるが、これは私が自分の観点を言い出す時に基づく一つ原則だ。次に、法廷へ具体的な弁護観点を述べます:
一、まず虚偽投資について
投資虚偽罪システムの弁護意見に関しては、私は重複しない、いま、いくつか補充意見を言います。
まず、弁護者により、虚偽投資罪を証拠提出・受取書する間に、公訴側は証拠提出・受取書の内容・方式において問題があります。公訴側の証拠提出及び証拠提出・受取書の内容・方式により、当該証拠が映すのは、ただ被告公司資金移動の状況であり、例えば資金を要れまた取り出す具体的な過程。こんな過程は僅か資金運作の異なる表現形式を映すが、当該運作形式は法律上に更に多い実際価値がありません。なぜかと言うと、皆がご存知ですが、何れ資金の運作について、当該資金は企業の経営・運作へ作用を発揮できるのか、また企業に相応的な法律責任を負えるのかと行ないます。でも、だた運作資金の一つ具体的な表現形式として、この問題を説明できません。
残難なのは、公訴側より出した証拠の中には、決して被告資金投入の総額と登録資本金総額との差額を映せる数字がありません。公訴側の証拠により、僅か量の多い資金は取り出さる、取り出してから戻さない概念となり、実には、弁護側が身につけた状況に従い見ると、こんなことではありません。弁護側より身につけた状況は、資金を取り出してから戻すということであり、決して取り出してから戻さないということではない、逆に、公訴側がメディアで証拠を示し映した巨大なオランダ村プロジェクトへ説明しにくくなります。こんなに明らかなプロジェクトは、空想により建てられたんですか?空から落ちたんですか?このプロジェクトの資金含有量は目があれば見え、皆が分かっています。では、このお金はどこから出たんですか?このお金は楊斌或は楊斌がいる公司に投入されないと証明できれば、楊斌・彼の公司の投入は偽ると証明できます。然し、私たちはこれら証拠を見たことがなかったんです。それで、弁護者により、こんな証拠提出は問題を説明できなくなり、資金は続けて取り出されたが、オランダ村のプロジェクトは建てられていました。プロジェクト資金はでこから出たんですか?投入した総額はいくらですか?皆が存知だが、法廷調査の中には、私は楊斌に聞いたことがあり、彼は答えました。彼の資金はいくら、資金投入の総額はいくらと聞いたが、皆は楊斌の回答を聞きました。彼の言い方により、彼より資金投入の総額は、登録資本金とりかなり多いでした。現在、私は調べたころがなく、これら数字を詳しく調査する十分な条件を持っていません。私が少なくとも言い出せるのは、、楊斌より投入した資金総額が彼の登録資本金総額よりすくないことを証明する、と公訴側は証拠を出したことがありません。そして、この状況により、彼が虚偽投資をしたことをどのように認定するのですか?「虚偽」二つ字はどんな事実を根拠とするのですか?これは非常に重要な問題です。
さきほど公訴者は一つ観点を言ったが、一部分の資金は国外から出され、後で出されました。私ははっきり聞こえなかったが、この資金は対象資金とすることができないと考えられました。こう考えると、弁護者の強調により、法律が虚偽投資罪を規定する立法宗旨は、投資者が設立する公司を順調に運行し法により法律責任を負うように保証すること。法律が保護することについて、例えば、資金を振り込んでしまうか、予定プロジェクトを投入してしまうか、通常の経営の中に投入してしまうか。だから、どこかから振り込んでくる資金は決してこの罪名の形成を影響しなく、資金来源はもう一つ種類の法律関係だと言えます。本罪により言うと、公司は資金を有しプロジェクト建設に使い、且つ法律責任を負う時、虚偽投資がなくなります。形式上に欠陥があっても、当該欠陥で犯罪を認定する根拠とするころができません。
楊斌の自我弁護について、私は聞いてから深刻だと思い、彼の話を重複しなく、但し私は思うが、彼の誠実で深刻な陳述は一つことを表した:彼の投資過程には違法があることにかかわらず、この行為による社会危害がどこにあるのかと見つけられません。私たちは見えられません。
弁護者が言い出したいもう一つことは、公訴者は多分注意しなかったが、公訴側の証拠が映す主なことは、実際に虚報資金に向くことです。だが、資金が到着するのか真実であるのかということと虚偽投資とは、二つ異なる罪名であり、性質は違います。で、登録資本金は形式上に欠陥があっても、弁護者は決して否認しなく、但し虚偽投資を形成すると言われると、弁護者は根拠がないと思います。
さて、登録資本金は形式上には欠陥がある場合、必ず犯罪を形成するのですか?こんなことではないですよ。外資企業の場合、資金全部到着への要求は比較的に緩み、時間は最も多いのは三年、でも、オランダ村のプロジェクトは、その時決してこの期限を超えなく、登録資本金を偽り報じる罪を形成するのですか?この件を弁護者は言い出し、法廷が参考するように行ないます。上記分析を通じ見ると、被告公司の登録資本金が形式に欠陥があると言われても、これにて対楊斌・彼の公司へ虚偽投資罪で処分することは、不公平となり、実際に、被告は確かに量の多い資金をプロジェクトに投入したから、この行為は社会危害性を持ってない、犯罪の本質特徴に合いません。
二、農用地非法占用について
農用地非法占用について、私はただいくつか主な観点を言いたいと思い、目的について、各問題よりいくつか主な手掛かりを整理し、これら手掛かりに即し、この行為が一体犯罪を形成できるのか、と私たちは共に分析します。
まず、本罪と関連する一つ最も基本的な問題は、土地譲渡手続きを処理したかどうかということです。法廷調査の中に量多くの証拠により、土地譲渡手続きを処理したことではなく、処理中です。これは量の多い証拠に証明されられ、一つ最も基本的な事実です。最初、楊斌は恐らく確かに認識できなく、彼はこのプロセスを分からなくても、その後全体プロジェクトの建設の中には、諮問・請求を通じ、被告公司はずっと土地譲渡の各種関連手続きを処理し、この基本的な事実は忽せにされたり否定したりすることができなくなります。
次に、私が言いたいことについて、土地譲渡手続きは必ず処理され、処理されないことは禁止となります。ここで、私が強調することは、法律規定により必ず処理することではない、法律規定を避けたり、違反したりするここがせき、逆にこの犯罪は発生しません。私が強調するのは、客観の中には、本事件は土地手続きを処理しない空間がない、どうして?理由は明らかであり:合法な土地手続きは、家屋販売・給油所の経営の前提であり、土地譲渡手続きが無ければ、家屋の販売許可証を貰えなくなり、給油所を経営できません。楊斌の給油所の建設は経営のためであり、家屋の建設は販売のためであり、様子を示すことではありません。給油所を経営し、家屋を販売するのからには、土地証がないと、もちろんこの目的を実現できなくなります。この道理に対して、人々も良く分かり、楊斌は更に良く分かります。この現実により、土地手続きを処理しなく真相を隠す客観は不可能である、と十分に証明してあります。
また、私が説明したいのは、土地手続きを完備にしなかった根本原因について、法律上の障害ではない、土地譲渡金の問題を適当に解決しなかったんです。では、土地譲渡金の問題は、土地譲渡手続きは遅くて完了されない根本原因です。即ち、土地譲渡手続きを完了しない焦点は資金問題、違法問題ではありません。もちろん、一部分のプロジェクトに関して、お金を払っても批准されなく、建設すると法を違反するようになり、但し、本事件の問題点はこんなことではない、土地譲渡金を十分に払ってから合法性を得られます。こうした上、土地譲渡金が速くと到着できない原因は何だと了解すべき、これは私が説明したい第四の問題を引き出します。
第四、土地譲渡金が速く到着できない原因について
証拠により、市政府はまだ被告公司の七千万元ほどを借りてあり、土地譲渡金の総額は四千万元ほどであり、両者の差は両千万元ほどとなります。この状況により、被告は報告を書き請求をしたが、政府も当該二つ金額が互いに相殺できると同意してしまい、但し、色んな原因で速く相殺できなく、土地譲渡金の支払を延ばすようになりました。この責任は一体誰に負われるのですか?少なくとも主な責任を被告へ出さないすべきです。更に、責任を持っても、民事法律関係の範囲に属して、刑事責任を追究しないすべきです。
先ほど公訴者が言い出した一つ観点につき、当該相殺は原因・結果関係の倒置であり、理由に関して、先に土地譲渡金を払い、その後政府へお金を貰うすべき、逆に被告は違法することになります。弁護者により、資金相殺の中に、原因・結果関係の倒置がありません。いわゆる相殺は、順序を持たない、ただ互いに総帳簿を計る関係であり、逆に相殺と呼べなく、お金は物、一つ貨幣形式であり、一つ価値の体現です。二つ債権債務の関係は交差する場合、互いに弁償いわゆる相殺が需要となり、実には、一つかなり簡単な算術です。だが、私たちの算術題目をよくやらばく終了してしなかったので、こんな発生しないべき結果を齎しました。当該責任は被告に負わないべき、更に彼が刑事責任を負うと要求しないべきです。
そのため、弁護者により、公訴機関は起訴する時、実際に土地譲渡金の問題を避けもしくは薄めてしまい、これを別の方向へ引き、一つ違法的な印象を齎し、この認定の根拠は乏しいです。
続いて、私が法廷へ説明したいことについて、プロセスにしても、土地譲渡手続きを処理する間にいは、関連行政法規を違反する場合、例えば、速く処理しないとか、「三辺政策」により工事しながら処理するとか、この問題にはある程度の違法があっても、但しこの行為は合理的な原因のある状況で出るので、被告・被告公司が耕地非法占用の主観故意を持つと考えられない、また少なくとも証明できません。確かめるべきなのは、この罪が故意犯罪であり、主観には非法占用を確かに分かるが、手続きを処理しなく占用していき、これは本当に本罪を形成し、逆に、客観的に断罪するようになります。だから、弁護者により、これにて被告・彼の公司へ農用地非法占用で断罪する場合、根拠が乏しい、適用法律により不公平です。
三、金融受取書偽造について
公訴側・弁護側両方より、金融受取書偽造罪に対する論争は比較的に大きい、当該論争は主に二つ問題と関連します:一、この行為をどのように定性するのか、二、被告である楊斌は、この問題にどんな責任を負うのですか。
まず、私たちは定性を見ます。客観的に言うと、証拠の角度により見ると、公訴側の証拠には欠陥があり、但し弁護者は金融受取書偽造の事実が存在することを否認しなく、形式にはまるで金融受取書偽造のような行為はあるけど、形式にはまるで金融受取書偽造罪特徴のような行為は、金融受取書偽造罪で断罪されるのですか?当該罪を定性する時に、真剣に考えるすべき問題です。
弁護者は法廷にこの問題を注意させます:犯罪客観は犯罪性質を区分する最も重要な限界です。我が国刑法が規定する各類犯罪の中に、類罪とか、個罪とか、犯罪性質を区分する基本標志は主に犯罪行為が犯す対象です。金融受取書偽造罪が犯す対象は、明らかに金融受取書の管理秩序、但し、本事件とり関連する行為が犯す対象は違います。本事件にある金融受取書偽造の目的はとても確かで、偽り実績を増やすことであり、これは起訴書の中に、非常にはっきり且つ確かに表現しました。では、この目的を巡り行う行為は、金融受取書を偽造したが、これら金融受取書を社会で公開・使用されたことは一枚もなく、行為者は客観にはこれら受取書に書いてある価値を決して実現したことがないと示し、主観にはこの価値を追求したことがありません。即ち、この結果を実現したことが無い上、この目標を追求したことがありません。これはかなり重要で特に注意するにたえる問題です。
公訴者は恐らく考えるが、虚偽財務報告を制作したが、彼は金融受取書偽造の手段を通じ虚偽財務報告を制作し、最終目的が変わらず得ないすべき不正当利益を追求することです。形式には、この考え方はまるで合理的であります。但し、弁護者の強調により、この思維ロジックは法律の一つ基本原則を違反しました。具体的に言うと、これは法律において原因・結果の関係をどのように認定するのかと関連しています。皆が存知だが、原因・結果関係のチェーンは循環的で、無限的さを有します。でも、法律規定により、ある原因・結果関係を判断する場合、ただそのうちの一段をとり、こうじゃないと、原因・結果関係の無限循環論を形成し、罪の間にある限界ははっきりしないようになってから、刑事責任を無限的に広げます。
利益獲取の目的を言うと、最も簡単な例を挙げます:何のために食事するのですか?食事の目的は生きること、生きる目的は仕事をすること、仕事の目的はお金を稼ぐことです。では、利益を図るのに食事すると言えるのですか?明らかに言えません。過去、皆がよく言う通りに共産主義のために奮闘するけど、共産主義のために食事するスローガンと同じです。だから言うと、この考え方は表面形式で見ると問題がなく、但しとく分析すると、これは原因・結果関係チェーンにある異なる階段の関係を混淆してしまい、このロジックは法律上に禁止されます。現実生活の中には、こんな例は出たことがあります:ある人は車を運転し他人を負傷させ、負傷者は病院にいた時、破傷風にて死に、次に負傷者の奥さんは悲しみ過ぎることにて死に、残った子供は扶養する人がいないので病気で死んだ……このシリーズ結果を全く張本人へ加えると、一回交通事故にてシリーズ故意傷害・間接故意殺人の罪名を齎すようになり、この無限推移の断罪方式は、法律の中に明らかに成り立ちません。
弁論の中、公訴者はまた関連犯人のことを言ってしまい、弁護者により、この件で簡単に関連犯人の概念を理解できません。関連犯人或は包含犯人に対しても、目の前、僅か一つ理論観点を持ち、且つ今まで誰もはっきり言えない理論であり、私もはっきり言えません。これにより、法律上、関連犯人・包含犯人の概念及び相応的な処罰原則を決して確かに規定したことがありません。理論により、関連犯人は必ずしも全く従一重(最も厳しい罪)処理されるとは限りません。異なる犯罪の中、一部分のは従一重処理されるが、目的行為を包含手段行為とする場合もあり、実行行為で予備行為を包含する場合もあります。どのように処理するのですか、一体なんの対象を犯したのですか。二つ行為は直接に危害を起こせば、手段行為と目的行為は全部で危害結果を起こす場合、二者の独立性はより強く、従一重処理されるのかもしれません。但し、手段行為は直接に実害を起こしたことがなく、即ち社会を危害する結果が出ない場合、当該手段行為は目的行為に服従すべき、目的行為より手段行為を包含する原則に従い処理します。
本事件の具体的な状況により、被告の金融受取書偽造の行為は金融受取書の価値を実現する結果が出ない上、この目的を追求したことがないので、この行為は決して国家より金融受取書への管理秩序を危害したことがなく、かれが犯した対象は依然として公司の管理秩序です。従って、本質には、当該行為は更に虚偽財務報告を提供する罪の特徴と一致します。実際には、虚偽財務報告を提供する罪の形成条件の中に、各種虚偽手段を含めてあり、そのうち金融受取書偽造の手段を含めてあります。では、罪刑法定原則により、各種虚偽手段で虚偽財務報告を制作する行為に対して、当該罪で処理されるべき。この考え方は、立法宗旨と一致します。
久しくない前に、煙台市中級裁判所より審査・処理した東方電子公司の事件の中、被告公司は虚偽財務報告を制作した時、銀行着金通知・相応的な債権債務確認書一千五百零九式も偽造してしまい、金額は17億元にも達してしまい、相変わらず虚偽財務報告を提供する罪で処理されました。当該審判の例を、弁護者上述観点への良い実証とすることができます。
また、責任者をどのように認定することについて、さきほど公訴者が言った通り、法律の規定により、法人代表は必ずしも直接責任を負う主管者になるとは限らない、この観点は正しい、刑事立法より公司犯罪の責任者へ確かに二つ種類を規定します(一、直接責任を負う主管人員、二、直接責任者)、法人代表が必ずしもある具体的な公司行為に刑事責任を負うとは限らないから、これは刑事責任と民事責任との一つ重要な区別です
だから、具体的な事件の中、私たちは、必ず法律の規定に従い証拠を通じ公司犯罪にいる責任承担者を証明します。本事件の中、法廷調査により示した全て証拠は、二つ問題を明らかに映してあります:第一、金融受取書偽造の行為は、閻闖に指示されてしまい、閻闖は資金運作・上市公司財務主管に責任を負う取締局副主席です。第二、楊斌がこの事件を分かるもしくは参加することを証明する証拠が一つもありません。私は嘗て法廷調査の時に引用した根拠を重複しなく、纏めると、桑淑華或はその他数人の証言にしても、証明した内容は一つ範囲を超えたことがなく、これら証言の中、多い「分かるすべき」、「ぜひ分かる」のようなはっきりしない言葉の以外、ある具体的な事実或は場面を通じ楊斌がこの件事を参加した或は了解したことを証明できる一人もいませんでしたた。極少数の証言により、楊斌は偽帳簿を造ることを分かり、銀行へ偽り査問することを含めます。この証言が真実でまた信頼できるのかどうかと私たちはさしあたり調べなく、これは真実であっても、これら問題と関連する証言により、楊斌がただ分かったのは偽帳簿を造ることであるけど、楊斌が金融受取書偽造を参加したと示す証言がありませんでした。この状況で、楊斌より金融受取書偽造の行為に責任を負うすべきであることをどのように認定するのですか?
更に、虚偽財務報告を制作する手段の中、金融受取書偽造は僅か多種手段に少なく使用する手段の一つであり、唯一の手段ではない上、最も主な手段ではない、金融受取書を偽造しない場合に虚偽財務報告を完成できます。金融受取書の偽造と虚偽財務報告の制作との間に、決して唯一的で必然的な関係がない、多い「原因-結果」関係にの原因の一です。だから言うと、楊斌は虚偽財務報告の制作を分かる場合、必然的に金融受取書の偽造分かり、金融受取書偽造の行為に責任を負うすべきだえる、と考えることができません
弁護者は公訴者が言ったもう一つ観点を注意しました。当該観点については、楊斌は金融受取書の偽造を参加したもしくは了解したことがないけど、彼は虚偽財務報告の制作を参加したもしくは了解したからには、彼は金融受取書偽造を含める整体行為に責任を負うほかありません。表面には、この観点は合理てきであるが、弁護者が必ず言いたいのは、公訴者がこの件で自分矛盾の過ちを犯しました。私たちはこの前言った包含犯人・関連犯人の問題を返すと、金融受取書の偽造及び虚偽財務報告の制作を一つ罪として見ると、行為者は、この整体行為に責任を負うすべきです。但し、公訴者は、これらを関連・包含できる二つ独立的な罪名としました。二つ独立的な罪名だった以上は、行為者はただ一つ行為を分かる場合、その他罪名を形成するもう一つ独立的な行為に刑事責任を負うように要求する理由があるのですか?この考え方は法律上には解釈できません。立法上には、二つ異なる箇条の中、二つ種類行為を二つ独立的な罪名と規定する場合、行為者は彼が分からない犯罪を独立的に形成できる行為に刑事責任を負うように要求する理由がありません。
四、契約詐欺について
被告・被告公司の行為は契約詐欺を形成するかどうかと分析する時、主に下記数個問題をはっきり確かめます:
1.土地購買と土地回収は、情勢変更の状況により発生する二つ異なる行為、二者の間には必然的な連係がありません。
被告が土地を販売する目的は「占補平衡」を行うこと、実には、「目標を購買する」、その後販売用ではありません。土地販売過程の中、土地は相手に見につけられ、土地の状況はただ相手によく了解され、でも、被告は法庫へ行ったことがない、この土地を見たことがありません。だから、この環節の中、被告より相手を詐欺する可能性がありません。
土地販売後、政策変化により、省土地庁は強制的に土地を回収し統一的に管理します。その時、当該土地への有料購買は決して被告の宗旨ではなく、被告の願望にて移転しません。且つ、土地回収の価格も省土地整理センターにきめられます。ゆえに、被告は土地販売の時、決して了解しなく更にその後の有料購買のためではありません。
以上を纏めると、土地販売と土地回収の間に必然的な連係がないから、被告の主観にはそれぞれ二つ異なる認識階段に属します。これは非常に重要な問題です。弁護者により、本事件の中に、被告による詐欺故意を公訴する原因の一つについて、事件状況を分析する時、土地販売・土地回収という二つ必然的な連係が乏しい異なる階段を混淆し、この二つ異なる法律行為を人為的に繋げてしまい、被告による詐欺の主観的な故意を結論するようになりました。
2.本事件の中、被告は事実を虚構する客観行為がない、被詐欺の対象ではない。
詐欺の本質について、行為者は事実を虚構し、相手を騙すように誘い、本事件の中、被告によるこの行為を証明する証拠は一つもない、土地回収側がどんな詐欺を受けたかと証明する証拠もありません。
公訴者により、被告は土地販売の時、事後で契約を結ぶ手段で、耕地を偽り造り、その後高い値段で省土地整理センターへ売り、被告による詐欺を証明できます。弁護者により、ここで、公訴者は二つ基本概念を混淆したので、二つ異なる性質の法律関係を混淆しました。弁護者の注意により、公訴者は法廷調査・法廷弁論の中、偶に二つ近似概念を使用してしまい、一つは「造假地(虚偽土地を造る)」、もう一つは「假造地(偽って耕地を造る)」。この二つ概念になか、三つの字は全然同じで、但し、順序の差があるので、意味ははっきり違います。
私たちはちょっと分析すると、「造假地」は虚偽耕地を造ることであり、虚偽耕地を他人へ売る場合、これは詐欺です。逆に、「假造地」は本事件の中、他人を経由して土地を改造することであり、自ら改造しないけど、得るのは本当な耕地です。この耕地を売ると、詐欺がありません。では、本事件の中に、被告は一体「造假地」もしくは「假造地」をしていたのですか?いずれか一つ開墾される土地は一つ耕地製造過程を有し、改造されない土地は昨物を植えます。この土地は多分自分が造るもしくは他人が造り、去年造るもしくは一昨年造ります。但し、どんな状況でも、造ってしまう土地であるのからには、改造済み耕地となり、「假地(虚偽耕地)」ではなくなり、これは最も重要な問題です。それで、「造假地」と「假造地」は全然異なる二つ概念であり、本事件において被告の行為は明らかに「假造地」であり、決して「造假地」ではありません。当該二つ概念を混淆していくと、行為性質を認定する時に、必然的に過ちが出ます。
本事件の中、被告はお金で目標を買う方式で「假造地」を得てしまい、彼は土地を得た過程にただ虚偽性を有します。但し、目標を買うのは犯罪を形成しない、主な原因について、被告は「假造地」の方式で製造済み本当な耕地を得ました。被告は当該土地を譲渡対象として省土地整理センターへ出す時に、事実を虚構し相手を詐欺したことがありません。実には、この道理は非常に簡単である:自分が産む子供は子供であり、養子も子供です。実娘が嫁ぐのは名義が正当だと言えば、養女が嫁くのは間違うのですか?これにより見ると、被告より土地整理センターへ払うのは「假造地」であり、「造假地」ではないんので、被告はこの購買・販売関係において、事実を虚構する詐欺行為を有したことがありません。
同じように、省土地整理センターが得たのはけっして假耕地ではない、製造済み本当な耕地であり、当該耕地は探査・測定され、且つ価格は購買側に決められます。だから、省土地整理センターは決して詐欺されませんでした。即ち、本事件の中には、被詐欺の対象がいませんでした。
3.被告より法庫県土地局へ出した120万元ほどは耕地製造費であり、決して賄賂金ではない。
公訴者により、被告は法庫県土地局へ98万元を賄賂し、また張家旭へ25万元を賄賂し、両方はぐるになり「無料」で得た「虚偽」土地を高い価格で省土地整理センターへ売り、国家に損させるようになりました。そのため、詐欺を形成するし、賄賂を形成しました。
弁護者により、公訴者のこんな考え方は、証拠による支持が乏しい、且つ明らかに現在証拠に否定されます。
まず、120万元ほどの耕地製造費の支払は公開的で合法です。証拠により、これら金額は全く小切手で出され、且つ相手より渡してきたインボイスを持ち、支払受取書の中には明らかに書いてあるのは「耕地改造款(耕地改造費)」、「造地款(耕地製造費)」、「土工款(土工費)」。こんな支払方式は被告支払時の主観認識を十分に証明できます。楊斌は法廷に言った通り:「支払伝票に載せてあるのは造地款(耕地製造費)を見てから、私は署名し同意します。載せてあるのは賄賂金の場合、私は絶対署名しません!」
次に、被告より支払ったこれら金額を土地所有者へ隠すことができません。証拠により、目標を買う時、法庫県土地局に処理されたが、但し、村・郷(タウン)において現場で商議した人がいたが、県と村は土地購買契約を結びました。ここで、私たちは当該契約の真偽と法律効力問題を強調しなく、私が強調することに関しては、村・郷(鎮)二つ政府は当該土地が被告公司に属し価格を相談し決めたと明らかに分かったが、土地費獲得の権利を放棄する可能性がありんません。当該土地は実際にただ半分が村に属すると公訴者は思ったが、こうしても、半分の土地は八百ムーほどもあり、価値60万元にも達しています。もちろん、この数字を隠すことができません。法庫県土地局は村・郷(鎮)二つ政府が状況を理解しない状況により、秘密的に土地を暗中的に被告へ送る、被告より贈賄手段で土地を騙し取る可能性があります。但し、この仮定は存在しません。こうして、耕地製造費を贈賄金に変わる客観可能を十分に排除しました。
公訴機関は「耕地製造費」を「贈賄金」としてしまい、従った唯一的な証拠は張家旭の証言です。但し、この証言はどのように土地購買契約、支払方式・支払明細、村・郷(鎮)二つ政府による談判等量の多い原始実物証拠、書面証拠に対抗できるのですか?皆が存知であるが、「刑事訴訟法」による七類証拠の中、実物証拠の証明力は明らかに証人・証言より高い、後者より前者に対抗するのは、証拠認定原則を違反しました。
「耕地製造費」を「贈賄金」としたことが出た結果は、一石二鳥であり、同時に贈賄と詐欺である二つ罪名が出てしまい、この結果は極に厳重です。確かに法庫県土地局と張家旭本人は勝てに被告より支払った「耕地製造費」を取り、逆に被告が贈賄したことを言いました。同じように、他人のお金を奪ってから、他人に主動的に送るように承認させます。このロジックは明らかに通常道理を違反しました。
最後、弁護者は法廷にもう一つ同じに注意するにたえる問題を注意させる:被告公司は県土地局に向き贈賄の手段で虚偽土地を得て、また当該土地を国家へ売り、詐欺罪を形成するようになると認定できれば、法庫県土地局は詐欺の共犯となるすべきです。然し、本事件の中、法庫県土地局は僅か公司が贈賄した対象となりました。この問題は説明できません。
本事件の中にその他問題に関して、その他弁護者は全面的に述べたので、本人は重複しません。
法廷は上記弁護意見を重視してください。
どうもありがとうございました!
楊斌の弁護者:北京京都弁護士事務所田文昌
2003年6月13日

田文昌の発言完了後、第一裁判官は検察機関に聞き:「公訴者、新しい意見がありますか?」
「ありません」と公訴者は答えた。
次、第一裁判官は弁護士たちに聞き:「被告代理弁護士さん、新しい意見がありますか?」
「ありません」と田文昌は答えた。
また、第一裁判官により、
「「中華人民共和国刑事訴訟法」第160条の規定により、被告者は最終陳述の権利を持ち、被告の瀋陽欧亜実業公司代表、被告の瀋陽欧亜農業公司代表さん、新しい意見がありますか?」
「ありません」と辺守捷は答えた。
「ありません」と楊鳳林は答えた。
「今、楊斌は最後の陳述をしてください。」と第一裁判官は言った。
私は腕時計を見て、この時は午後4点30分だった。

楊斌は立てから、彼が瀋陽市中級人民裁判所第一裁判の最後の自我弁護総括発言を発表した——
尊敬する判事長、判事員、弁護士:
法廷より最後の発言機会をいただき、どうもありがとうございました。法律は私に最後の潔白を少し出せば、非常に感謝したいと思っております。
一人の犯罪は過程を持ち、これは彼の成長経歴と関連します。私の成長経歴を紹介したいと思います。
1963年2月11日、私は南京で生まれ、五歳の時、両親は離婚して、私は孤児となり、おばさんは露店の茶屋によりお金を一分一分集めて私を大人まで扶養しました。小学校の時から、私は学費の低減・免除で就学しました。その時、私は今日の良い生活をどうしても思ったことがありません。私は南京の貧民窟で大きくなり、その時、思った最も多いのは、大人になってからお金を多く稼ぎ、おばさんへ良い食べ物を買います。
若い時、人は南京の湖の中でボートを漕ぎ、私も一回漕いだことがあるけど、木桶の中に座り漕ぎました。一度、人はオレンジを食い、私はドアの隙間に寄り見ました。その後、おばさんは平手打ちを食らわせて言ったが、「なぜ人を羨むの?食いたいと大人になってから自分で稼げ!」
八歳の年、私は工場の専門で実母を待ち、学費を払うために、彼女に一時間ついて歩き、実母は平手打ちを食らわせて、地面へ五元を捨て、私に永遠に彼女を探さないように教えくれました。お金を拾って連れて帰り、またおばさんは平手打ちを食らわせ言ったが「あなたは頑張らなく、どうして大人になってから自分でお金を稼がないの?!」
私は乞食にて大人になった孤児だから、オランダに着いてから、民族心は特に強くなりました。オランダで、私が住んだライデンで、オランダ先進的な農業モデルを見てしまい、現地農民一人当たりの年収入は25万ドルでした。私は思ったが、オランダの農業を中国へ持ち、中国農民にオランダ農民のように豊かにさせると、かなり良いでしょう!
1991、1992年、私はオランダまた東欧でビジネスをやりました。地べたに露店を出し、また服装を売るまど私は全てやったことがあります。その時、ビジネスをするのは簡単ではないけど、私も苦労したことが多いでした。
1993年、私はオランダ農業の概念を中国まで連れてきました。但し、全部の人たちは理解できなく、私のお嫁さんを含め、あなたは別に何もやってもいいでしょう、なぜどうしても農民をしたいのと言われました。その後(事件の後)803プロジェクト・チームの人も聞いて、あなたは楊斌ですか?なんのために温室を行うの?あの物は役に立つの?
私は分かりますが、現代草花農業を実施すると、まず温室、冷蔵庫を要ります。では、オランダからこれら設備を輸入しました。オランダ製欧亜吉洛夫冷蔵庫、北京の莱泰草花市場は私に建てられ、私楊斌がいないと、今、中国の草花産業はこんな状況を有できないと言えます。
1998年、私は瀋陽に来ました。誠に言うと、その時私は確かに瀋陽に来たくないんです。その時、瀋陽市の徐文才、楊新華は何度も招いてしまってから私はきたんです。私も分かったが、政府に支えられないと、非常に難しいくなるので、私は北京の莱泰草花市場を北京市工商総公司へ売り、5 800万元で売ってしまい、これは最初の資金出所でした。
2000年以後、私はいよいよ資金を全国各地から出して、オランダ村を建てるように行ないました。
虚偽投資を言うと、私も必ず合法であると分かります。但し、私の理解により、オランダで、登録公司はお金がなくても登録でき、香港で、一ドルで登録できます。その後、李剛、閆闖は登録資本金が不合法であると言った時、私は確かに彼らに修正させました。今日のオランダ村は最初十倍の投資を超えてしまい、全部で瀋陽市の発展のためにやっておりました。欧亜実業の資金はいつも真実であり、虚しいではない、その他四社の登録資本金の問題について、法廷が実況に従い考えるようにお願いしまう。また、南通三建の工事金も全く法律に従い行い、オランダ村の建物は今まで徹底に建設・験収していなかったので、全部で支払うことができない、私は90%を支払いました。
土地に関して、私は確かに手続きを処理したことがあります。但し、110ヘクタールハイテク農業垂範基地を開発すると、人が必要となります——例えば、オランダ専門家はそっちに住みます。ですから、不動産を開発するように決めました。公共自動車駅を建てるのは、近く農民が便利に出入するように行ないました。
この三千ムーの農業基地を開発した時、私は本当に現地農民のために実の事をやりたいと思ったことがあります。別に、中国では、こんな事をやりたい企業が一社もありません。私がお金を李業へ送った目的は、最初に、彼と知り合うように行ない、後で彼とビジネスをしたいと思いました。で、私が598号書類を指示・改訂させるということは、なかったことであり、法廷が再び調べるようにお願いします。
契約詐欺に至り、これは全然無実の罪です。私と張家旭との付き合いは非常に少ない、彼はただ科長であり、私に会ってもかなり難しくなります。私たちのビジネスも全く正常的であり、目的もかなり良い、土地も合法な地です。国土資源庁の書類により、確かた「違法処理としない」と載せてあります。
金融受取書の偽造に関して、欧亜農業は閻闖が資産を抽出し上場して、偽帳簿を造ることは彼が人に制作させたんです。全ての陳述等により、僅か「楊斌はこの事を分かる」と言われたが、実際には、2002年4月まで私は参加したことがない、2002年4月以後、桑淑華(欧亜実業総会計士——筆者により注解する)等の人は参加して行い、具体的な事について、私も分かりません。
最後、私が言いたいのは、私は長江の水で大人になった中国の子供であり、もし私は罪を犯せば、母は子供を処罰して、子供である私は、母を責めることができませんか?

以上は楊斌の自白である。
楊斌は十分に30分間の自弁時間を利用してしまい、この時、彼の気持ちは開廷以来のトップに達したと言える。楊斌の考え筋道は非常にはっきりし、よく要点を握り公訴側の観点を反駁し、且つ感情・道理を入れ話し、感動する時には真情が漏れた。
筆者は傍聴席に座り、傍に二人の女性がいると見た。楊斌は自分幼年時代の災い遭遇、及び最後の「もし私は罪を犯せば、母は子供を処罰して、子供である私は、母を責めることができませんか?」を述べたの時、彼女たちは泣いた。実に、楊斌幼年時代の遭遇と家庭の災いは、彼が述べたことよりかなり痛ましい、更に普通の人に了解されない。幼年時代災いの陰影はずっと悪夢のように彼を押し、息切れがするようにさせ、ついに彼を影響している。
法廷は二十分間休んでから、第一裁判官は、非常に簡単な言葉でこの三日間かかった審査・処理を発表した:「合議制法廷に合議され、第一回開庭審査・処理がここまで終わります。合議制法廷は公訴側・弁護側両方の意見を十分に考える予定ですが、法廷現場で判決を言い渡しません。いつ判決を言い渡すことは、別途お知らせします!」
法廷審査完了後、裁判官は、オランダ駐華使館代表及び楊斌の家属代表がそれぞれ楊斌と十分間話し合うと納得した。私は楊斌の第四おばさん(お父さんの姉妹)楊鳳林と11号判事法廷外の通道に立ち、司法警察は楊斌を連れてきて、皆は挨拶した。
「関先生はいますね!」と楊斌は私を見て苦笑して言ったが、「皆さん、こんにちは!」
私は分かったが、彼が言った「皆」は、新義州特別行政区基本法談判を参加した顧問たちである。私は首肯するほかない、なにも言ってなかった。
楊斌は傍にある空く部屋に連れてられ、「第四おばさん(お父さんの姉妹)」楊鳳林は彼に会いに入った。
その時、裁判所正門の外で、数十人の中外メディアの記者は集まり、彼らは絶えずに裁判所より出た楊斌の親属、職員及び傍聴者に情報を尋ねた。
私の気持ちはとても重かった。私友達「香港商報」の記者徐迅は夕食を誘った時、本当に食欲が無かった。私は心でずっと自分を聞いたが、楊斌はどうしてこんな結果がでたのか?これは徐迅と「東方日報」の呂奕南が関心することであるかもしれなかった。私は教えたが、楊斌の性格、彼の「孤独・貧乏傾向」、また、若い頃には卑下し、大きくなってから自尊し、更に身のほども知らない。
彼より中国文化・歴史への素養が乏しい、中国社会への深い了解が乏しい、政治には、更にちょっと「精神遅滞」を持つ。だから、彼は管理には独断し、慧眼があり人材を上手に使用することができなく、時々彼はお金にけちであり、各方面の専門家を招き彼にサービスさせるようにお金にけちであり、全然避けられる色々過ちを齎した。
私の記憶の通り、僅か徐迅、呂奕南へ楊斌自身素質の原因を言ったが、社会、環境、メディアまた更に制度方面のは一つ字も言ったことがない。国外メディア記者が私の宗旨を歪み、不必要な邪魔に遭うことと心配していた。
第一回審査判決と第二回審査が維持する原判について
7月14日、瀋陽市中級人民裁判は、楊斌・関連企業より経済犯罪に係る事件へ第一回審査判決をした。
午前8時30分、皆が続けて判事法廷に入った。楊斌の第四おばさん(お父さんの姉妹)楊鳳林と辺守捷は、それぞれ欧亜農業と欧亜実業公司を代表して、楊の第一おばさん(お父さんの姉妹)楊鳳曲、第三おばさん(お父さんの姉妹)楊鳳起、第四おばさん(お父さんの姉妹)の夫さん単惠明は、家族として傍聴を参加した。
午前9時、法廷は開庭を発表した。
楊斌は判事法廷に出た時、依然として上着が白色Tシャツであり、下着はいつも好きな浅色長いズボンではない、室内で着る藍・白模様ある短いズボンであり、足は黒色ビニールスリッパを着、髪は乱れ梳かされない、顔色は憔悴し、イメージは非常にだらしなかった。彼は法廷に入ったと、不満的に裁判官にブツブツ小言を言ったが:貴方たちはなぜベッドより私を呼んだ?はっきり言わなく私をここまで連れてきた。
傍聴席に座っていた観衆は、びっくりした眼光で楊斌を見回していた。
判事長は開庭を発表してから、判決書を読んだ。判決書は長くて68ページにも達し、判決を言い渡すのは約一時間ほどかかった。完了まで読んでから、判事長は、瀋陽欧亜実業公司と瀋陽欧亜農業公司の代表辺守捷と楊鳳林がはっきり判決を聞いたかと質問し、不満があったら、上訴する権利がある。
楊鳳林 きっぱり上訴します!
判事長は最後、楊斌に質問して「被告者楊斌さん、はっきり判決を聞き取りましたか?」
楊斌 はっきり聞き取りました。
判事長 被告は本判決に不満がある場合、判決書を貰ってから第二日より十日間以内で、瀋陽市中級裁判所を通じ或は直接に遼寧省高級人民裁判所へ上訴してください!
楊斌は感動的に受話器を持ち、大声で「きっぱり上訴します!」
その後、判事長は第一回審査の判決発表完了を言い渡し、被告者楊斌は法廷から離された。
皆は立ってから紛紛と判事法廷から離れる際に、楊斌の三姑、四姑は大声で騒ぎ、裁判所へ不満を言った:「大変不公平ですよ、どうしてこんなに外国投資者に対処したの?」
判決完了後、まず、裁判所は、楊斌とオランダ駐華大使館の司徒蘭亭等二人外交官に面会させ、時間は十分間。次に、楊斌に親属と十分間面会鎖せた。オランダ村は臨時に楊鳳林に管理される、と楊斌は指示した
オランダ大使館の外交官は裁判所より出た時、中外記者たちは紛紛と巡り、判決状況及び関連考え方を質問した時、司徒蘭亭はオランダ政府へ開廷情報を与えると言ったしまい、判決結果が正しいかどうかということに対して、彼は何も言わなかった。楊斌をオランダまで引き渡すかどうかということに対して、彼は報告書にこの件を載せると言った。楊駆を中国から追放するかどうかは、中国政府に決められる。彼により、オランダと中国との法律の中には相違があり、両国はこれについて検討する予測だった。
その日の午後にも、新華社は「楊斌事件」第一回審査判決の情報を公表した:
楊斌の第一回審査により数罪にて共に処罰され十八年懲役に処すると判決を下すことになった。
新華社瀋陽より:遼寧省瀋陽市中級人民裁判所は、十四日、被告者である楊斌・関連企業が犯した契約詐欺、金融受取書偽造、農用地非法占用等の犯罪事件へ第一回審査判決を言い渡した。被告公司である瀋陽欧亜実業有限公司は非法占用農用地罪、契約詐欺罪、公司向け贈賄罪、公司賄賂罪を犯したしまい、数罪にて共に処罰され罰金560万元に処すると判決を下した。被告公司である瀋陽欧亜農業発展有限公司は、金融受取書偽造罪を犯し、罰金40万元に処すると判決を下した。被告者である楊斌は登録資本金を偽り報じる罪、農用土地非法占用罪、契約詐欺罪、公司向け贈賄罪、公司贈賄罪、金融受取書偽造罪を犯し、数罪にて共に処罰され十八年懲役に処すると判決を下し、罰金は230万元であることになった。
法廷の審査・処理により、被告者楊斌、男、1963年2月11日、中国江蘇省南京市で生まれ、オランダ国籍を持ち、捕まえられた前、瀋陽欧亜実業有限公司及び瀋陽欧亜農業発展有限公司の会長・法定代表者だった。1998年4月-2001年7月、楊斌を法定代表者とする瀋陽欧亜実業有限公司、瀋陽海牙大酒店有限公司、瀋陽荷蘭村房産開発有限公司、瀋陽欧亜温室有限公司、瀋陽欧亜国際諮問有限公司は、公司登録資本金に関する登記を申請する間に、偽った国家機関納税証明書、偽った買物インボイスまた偽った験資報告書等虚偽証明書類を使い、「借資空転(資本を借り実物なく運行する)」等の欺詐手段を採用し、先後、登録資本金の虚報合計で2億元ほどとなった。
1998年11月-2001年9月、瀋陽欧亜実業有限公司は土地管理法規を違反し、法律に寄らず農用地を建設用地に変わる審批手続きを得た状況で、公司会長楊斌の決定に従い、政府より出したまた借りた農業用地に、非農業建物を建て、非法に耕地4451ヘクタールを占用・破壊した。
2000年10月、被告者楊斌は、被告公司である瀋陽欧亜実業有限公司が実際に耕地開発をしなかったことと確かに分かった状況で、瀋陽欧亜実業有限公司を代表し、遼寧省土地整理センターと耕地購買儲蓄契約を結び、当該センターより支払った耕地開墾費300万元ほどを騙した。
2000年12月-2001年9月、被告公司である瀋陽欧亜実業有限公司及び被告者である楊斌は、いんちきをやり、国家関連土地政策を避ける目的に達するために、遼寧省法庫県の元の企画土地管理局へ98万元を送り、不正当な利益を図るように、国家公職者へ25万元と2万ドルを送った。
2001年4月-2002年6月、被告公司である瀋陽欧亜農業発展有限公司は、公司実績を偽るのに、経理は楊斌の授権により、金融受取書偽造の手段で偽帳簿を造り、またT/T受取書等その他銀行清算受取書305枚を偽造し、伝票金額は合計1786億元となった。
瀋陽中級人民裁判により、被告者楊斌は瀋陽欧亜実業有限公司等五社の法定代表者として、公司登記を申請する間に、公司登記管理法規を違反し、虚偽の証明書類を使い、欺詐手段で、登録資本金を偽り報じ、公司登記を得て、且たう金額は極に大きく、彼の行為は登録資本金を偽り報じる罪を形成した。被告公司である瀋陽欧亜実業有限公司は、土地管理法規を違反し、農業用地の方には非非農業建設を非法に行い、耕地の量多く破壊を齎した。非法占を目的とし、契約調印で財産を騙し、金額は非常に巨大だった。不正当な利益を図るのに、国家機関・国家機関公職者へ財産を送り、状況は厳しく、彼の行為はそれぞれ農用地非法占用罪、契約詐欺罪、公司向け贈賄罪、公司贈賄罪を形成した。被告者である楊斌は、当該公司が上記犯罪を行なう直接責任者の主管者であり、同じように上記犯罪を形成した。被告公司である瀋陽欧亜農業発展有限公司は、T/T受取書等その他銀行清算受取書を偽造し、状況は厳しく、彼の行為は金融受取書偽造罪を形成し、被告者楊斌は、当該公司が上記犯罪を行なう直接責任者の主管者であり、同じように金融受取書偽造罪を形成した。瀋陽市中級人民裁判所は法律により上記判決をした。
これは楊斌の罪と罰である
五十天間の後、即ち9月6日、遼寧省高級人民裁判所は、楊斌・所属公司が瀋陽市中級人民裁判所の第一回判決に不満し上訴することにより、開廷審査・処理を行なう予定。中国の法律に即して、これは最終審査判決である。
私は9月4日、瀋陽に到着し、楊鳳林のおかげで、オランダ村別荘区のD2で住み、ここは予定通りに弁護士田地、曹樹昌等の人に宿泊させる所だが、その後、彼らは市内へ移り、私が臨時に数日間泊まる所になった。
この時、楊斌の奥さん潘朝蓉は、先にオランダより来たんで、オランダ村A9即ち楊斌の元の部屋で住んでいた。
9月4日、私は相変わらずオランダ村で住んでいた李剛、北京より来たばかりの石軍を探訪してしまい、彼ら二人は欧亜集団の副総であり、私はオランダで数ヶ月間住んでしまい、毎日付き合い、時間の長い友達だと言えた。今、これを言うと、本当に感慨が多過ぎて、歎ききれない!
9月6日朝8時頃、私は楊鳳林等楊斌の親属、公司職員石軍等の人について車で省高級人民裁判所へ行った。その時、裁判所の専門で、依然として近く十人の中外記者が待っていた。但し、六月中旬あの開庭と比べ、記者の人数は明らかに少なかった。彼らは、法廷進出への探訪につき批准されなくて自信を失くすと分かるかも知れなかった。また、彼らは大体終わってしまい、今回の判事が大きな変化がなく、ニュース価値を失くすと分るかもしれなかった。これら到着した中外記者は、大部分のが瀋陽記者駐事務所の記者であり、彼らは依然として絶えずに情報を尋ね、オランダ村の将来を諮問していた。彼らより仕事に励む精神に、感動された!
8時30分、私たちは遼寧省高級人民裁判所に入り始まった。今回、傍聴を参加する人へのコントロール・検査は非常に厳しい、私たちに傍聴証明書、身分証明書を示させた上、私たちに表を埋めさせ、録音装置、ノート等の物を連れないように教えられ、詳しく厳格に安全検査された。
9月6日、7日、二日間の法廷審査は、相変わらず楊斌・関連公司の六つ罪名について、法廷調査、書面証明書、弁論を行なった。
9月7日午前、楊斌は第二回審査の法廷に、弁論を発表した。全文は下記の通り:
真理により私が無罪することを判決する
——世界に平和を愛する人達へ
1963年、私は南京の一つ貧しい家庭で生まれ、幼児より両親から離れ、若いごろから、従は母性愛が何だ、父性愛が何だと分かりません。おばさんは手で私を大人まで扶養して、また、共産党は無料で小学校、中学校を就学させてしまい、赤旗の下で長きくなった子供だと言えます。
十八歳人生観の定型の前、私が受けた教育は二つあり、一、愛国主義英雄教育、二、是国際主義教育。愛国主義教育により、私は、劉胡蘭、董存瑞等民族解放事業のために命を奉献した英雄を了解しました。愛国主義教育により、私は雷鋒、焦裕禄など、社会主義のために命を奉献した英雄を了解しました。ちょうどこれら英雄主義教育にて、私四十年間の人生を影響しました。同じな年のある人たちの中に、私はずっと時代の風潮にあり、私はずっと時代の民族英雄をやりたい、私はこんなにおもったが、こんなにやりました。中国改革開放、この硝煙のない戦場に、私の一切また更に自由を奉献したと言えます。北京最大草花スパーマーケットの投資建設より河北欧亜草花、吉林、大連、山東各欧亜草花の建設に至り、及び最後、瀋陽で建設した遼寧最大外資プロジェクトの「オランダ村」。この十年間には、残った汗と辛苦がいくつかとは分かりません。オランダの草花品種について、私はほぼ全部で中国へ導入しました。草花業界全ての人が言った通り、「楊斌がいないと、現在中国現代的な草花事業がない」。記憶のように、1998年、オランダ農業部長はチームを連れ中国へ私が投資・建設した莱太草花プロジェクトを見学してしまい、見学完了の時、彼は私にこの話を言いました、「あなたはオランダ国籍を加入したが、皆が楽だし、後悔的です。楽なのは、あなたがオランダの建築、オランダのチューリップを中国で広げ、オランダが草花の天国と呼ぶ国であることを中国人に了解させました。後悔てきなのは、あなたがオランダの温室、冷蔵庫を国産化しました。あなたはオランダ全ての良い品種・技術を無保なく中国へ導入してしまい、多分十年間の後、オランダの農民は食事ができません。」これは冗談ですけど、もう一方により、一人愛国華僑の民族英雄主義気概を示しました。
同時に、私は成長の中に、もう一つ種類の教育である国際主義教育を受けました。国際主義教育により、私は分かったが、一つ遥かに遠い所であるカナダより、一人の医者であるベチューンは来たことがあります。中国の解放事業無のために、無私的に中国人へ病気を診て、且つ自分の命を貢献しました。また、国際主義教育にて、一人長江の傍で大きくなった子供は、中国東北の方には一つ川が鴨緑江と呼ぶと分かりました。川の東岸に、一つ奇麗な国は朝鮮と呼びます。五十年代の頭、ここでいろいろ人を感激させた物語は出たことがあります。且つ、国際主義兵士は大量に現れてしまい、例えば羅盛教、楊根思等の英雄。魏巍の「誰が最も可愛い人」という人口に膾炙した詩は、いくつ中国少年の心を感動したかと分かりません。記憶により、この文章を説明した時、先生は嘗て言ったが、「皆さん、中国人民は朝鮮の解放事業のために、四十万ほど志願軍兵士は朝鮮で犠牲しました。中朝友誼は命・鮮血で変えられてきたんで、血・肉で凝ってきたんです。貴方たちはぜひこの歴史を忘れないでください。貴方たちはぜひ革命遺志を請け続いてください。」私は、先生の話を聞く子供でした。その後、私はこんなにやって、且つよくやりました。2300万朝鮮人民に認可・信任された上、一つ特別行政区を私に管理させました。私がやった一切に関して、決して朝鮮より利益を貰いたくない、2 300万朝鮮人民が朝鮮の富強さ・開発のために自由を失くした一人のオランダ国籍華僑を忘れないようにただ希望しています。私がやった一切は、若いごろより党の国際主義に教育された結果です。
1997年、私は長春で吉林欧亜を投資し、98年、瀋陽で瀋陽欧亜を投資し、後で、東北に着いてから、東北の経済が南方と長江中・下流より落後すると発見しました。原因について、中国改革開放後、三回で歴史チャンスに関しては、東北は会ったことがありません。一回目は深センの早期開放、二番目は南方と長江中・下流の経済開発、三番目は大西北の開発。
一人の瀋陽栄誉市民として、私はいつも東北経済のために考えたが、どのように一つ外部力により、東北経済を発展するのですか。オランダにいた時に、一人の著名経済学専門家は嘗て予言したが、将来、世界経済に三つホットスポットがあります:一、米国、二、欧州連盟、三、東北アジア。日本、韓国、朝鮮、中国東北及び膠東半島は、アジア週経済のGDP75%を占めるので、GDP総額は7万億ドルに近づいています。この広い経済圏を繋げる場合、中国東北経済の発展を速めると思われます。但し、朝鮮半島の不安定原因、及び朝鮮の封閉にて、こんな経済圈を実現するのは難しくなり、当該目標を実現する場合、朝鮮のドアを開くほかありません。
2001年から、朝鮮、この嘗て憧れた所に着きました。一つ誠な心で、朝鮮指導者階層を説得して、ついに朝鮮50年間封鎖されたドアを開けてしまい、皆がびっくりされ、世界も驚きました。この開放のドアは開かれたばかり、いわゆる803専門事件チームの無情的な手に閉められました。
去年10月4日夜明方、千人ほど武装警察は、銃を荷い実弾をして、身に寸鉄も帯びない愛国華僑を連れて行きました。その日、私は全然恐れなく、なぜと言うと、特別行政区行政部長官を務めると決めた日より、この日が来ると予測してしまい、改革先達者が良い末路を有できないとよく分かります。商鞅は変法(政治体制改革)にて体が五つ馬に引き分解され、譚嗣同は戊戌変法にて、菜市口で頭が切られ、遼寧の張志新は、実践が真理を検験する標准を堅持するために、瀋陽郊外で銃殺され、この一切960万平方キロ土地で発生したのは、中国の歴史であり、中国で重複される悲劇です。
元々朝鮮へ行ったことは、家族・周囲全ての人たちに反対され、更に奥さんは離婚したいと思いました。但し、この一切は私の決心を変えたことがありません。私は誠実さ・能力で、朝鮮に発展させりように助け、当該国のドアを開けて国際を繋げさせたいと思いました。孤立は極まれば必ず逆の方面へ転化するほかない、朝鮮2 300万人民は国際この経済大家庭に溶け込めば、平和が来て、平和が安定するようにできます。ここで、世界一切平和を愛好する人たちが朝鮮を助けるように希望しております。
去年10月4日、私は掴まれてから、専門事件チームの人に聞いて、私は何の罪を犯したか。彼らははっきり答えたが、誰かがあなたに特別行政区行政部長官を務めさせたか、現在罪がないかど、私たちはすぐあなたの罪を見つけると思います。では、私は分かりました。この一切は、特別行政区行政部長官により禍を招いてしまい、まさか特別行政区行政部長官を務めるのが法律を違反したのではあるまい?まさか平和を熱愛し法律を違反したのではあるまい?まさか四十万革命烈士の遺志を受け続き法律を違反したのではあるまい?ああ、多すぎる質問…若い頃、私は腕白にすると、おばさんは叱ったが、あなたは罪を探しているの?その時、罪を探すことが分からなく、いま、ついにわかりました。500人ほどの専門事件チームの人たちは、私の全身、更に細胞あたりに検査しました。最後、いわゆる六つ罪状をかき集めてしまい、氷の彫塑で造った六つ罪状であり、不公平な六つ罪状であり、歴史の試練に堪えられる罪状ですか?
今、ここで、私は大声で言え、私は罪を有しません!
私は罪を有しません:生活を熱愛し、十数年間、助けた助けのない家庭がいくつかと分かりませんから。
私は罪を有しません:自分の事業を熱愛し、私は自分の事業を命のようにしていますから。
私は罪を有しません:オランダを熱愛し、私はオランダを一切を中国まで紹介してきて、ですから、私は瀋陽でオランダ村を建てましたから。
私は罪を有しません:嘗て私を生み、私を扶養する故郷である中国を熱愛しています。中国農民を助けるために、私はオランダの先進技術を中国へ導入しましたから。
私は罪を有しません:中国で、私は嘗て第二番の金持ちであり、私はお金にて犯罪する必要がありませんから。
私は罪を有しません:三個代表の信奉者であり、今までも私は状況を信じない、私を捕まえる原因は……
私は罪を有しません:党中央が私のために誤った判決を改めるように確かに信じていますから。
私は罪を有しません:平和を愛好し、平和を愛好する人は、犯罪する可能性がありません?最後、ポールの話で私の陳述を終わります:
毎人に対して、命が僅か一回を持ち、彼らは往事を追想する時、無駄に日を送ることに寄らず悔やむように感じ、また、平凡平凡さに寄らず恨んだ。彼らは一切を世界無産階級の解放事業へ貢献したから。
ここで、東北アジアの平和のために、一切、家庭、財産、自由、更に命を離したいと思います。
楊斌 2003年9月7日

7日午後4時、法廷判決は終わった。裁判官は臨時に休むことと発表した。
一時間後、法廷は再び開庭し、第一裁判官は発表したが、合議制法廷の合議により、元の判定の断罪は正しい、当該犯罪の事実、情況また社会向け危害程度にしたがい、判決は適当で、判事プロセスは合法で、「中華人民共和国刑事訟訴法」第189条第一款の規定により、下記の通り裁定します、「上訴を却下し、元の判決を維持します。本裁定は最終審査裁定です。」
ここまで、一年間を経った「楊斌事件」はやっと終わった。
その後、私は楊斌が瀋陽第一監獄へ送られたそうだった。
注釈:
①当該情報の出所:その時、相変わらずオランダ村で住んでいた朝鮮役人韓明哲より楊の親属・筆者への会話。
②国外の多社メディアはこれを報道・議論した。


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